orotima-ku1.pngファミコンのネタ!!が生まれ変わりました。
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海外発『GBAコンソライザー』が登場!! 他


<ニュース>
ひふみん九段とファミコン高橋名人がガンダム300万円ゲーム大会で競演   : スポーツ報知
 当時、将棋界のひとたちはファミコンソフトメーカーの営業さんが名人と呼ばれていることをどう思っていたのだろうか。



”サッカーはプレイステーションではない。”リバプール監督クロップがある記者の質問に対して本気で怒った時の記者会見。 | This Game Was ~スポーツ記者会見で使う英語~
 そういえば息子(当時小3)の友だちに『ウイイレ』でボロ負けして以来、さっぱり『ウイイレ』をやらなくなった。案外、まだ引きずっているのかも、、、

ジュンク堂のお泊り企画「ミニ四駆走らせてみる」 店内通路に一夜限りのコースが現れる - ねとらぼ
 いいね。レトロゲーム屋さんも徹夜でお泊りゲーム会とかやればおもろいやん(無責任)

ああ播磨灘開発話 | 魔界の夕焼けは飛んでいる蚊をパーン!した色Ⅱ

「フラグ」という言葉をプレイヤーも使い始めたのはいつから?──その起源はPCゲーム誌、堀井雄二、そしてパチスロ攻略本

<PCエンジン>
PCエンジン miniの50本は「これで全部」ではない(はず)|てっけん|note
 いろいろ期待したくなる現状ですね。内容もさることながら売り方もなんだか釈然としない。転売避けにもなってるが。

PCエンジン miniにあわせ電撃PCエンジンが復刻! 多数の秘蔵写真のほか、収録タイトル関連グッズも同梱予定 - 電撃オンライン
 ミニに合わせて当時の雑誌が復刻する流れが来てる

<ポケモン>
【実録】Twitter民が「ポケモンGOの記事」にイチャモンをつけてきた / 徹底的に戦ってわかった「クレーマー5つの特徴」 | ロケットニュース24
 内容とかなりズレるけど、先日「SNSでよく見られる「うるさいって声が一番うるさい現象」の正体」という記事でも指摘させてもらった「感情的になってるひと(記事)は叩いていい」というSNSの風潮が、はてなブックマークやツイッターに顕著に見られるのは興味深い。たしかにマイナス方面で感情的なひとを見るのはあまり気持ちいいものではないが、もっとうまくやってるコンテンツは昔からあった。AVGNとか(笑)。たぶん、センスの問題なんだと思いますよ。これからの時代、「怒り」を扱うメディアはますますセンシティブになっていくでしょうね。私もとあるソシャゲのCMを感情的に批判した記事を書いて炎上したっけ。自分では問題提議のつもりで書いたんだけどね。みんな本気で怒ってると思っちゃうからさ。これからの時代「怒り」をいかにエンターテイメントにできるかってのが課題だとつくづく思っています。(←やめるつもりはない)

<コラム>
発売から22年の時を経て『ゴールデンアイ 007』のAIについて語られる。スマートなAIは『Half-Life』にも影響を与えていた | AUTOMATON
 私自身は未プレイなんですが、ゲームの営業をしてたときよく『ゴールデンアイ 007』が好きなんですよと言われました。



プロは試作品をたくさんつくる。はじめて作る人ほど、最初から完成品を作ろうとする。|米光一成|note
 ものすごい乱暴な言い方をすれば、プロはつくった先に目的がある。素人は「つくること自体」が目的ですからね。そういう話?(まだ読んでない)

西洋美術史オタク、シャニマスのイラストについて考える:時にはシラス.の話を - ブロマガ
 こういう他分野に造詣の深いひとが語るゲーム評がだいすきです。あ、ゲーム評じゃねえか。イラスト評か。まあいいや、、、

<過去のニュース:ドラクエ>
『ドラゴンクエストIX』の有名プレイヤー、“まさゆき”インタビュー完全版をお届け! - ファミ通.com
 最近、ドラクエのやりこみが話題になったので、当時のインタビューなど。いかがでしょう。

<エピソード>
兄のセーブデータを上書きした思い出 | サバミリマップ
 うちの子も兄弟だから他人事じゃない。でも兄の反応、知ってるぞ。諦観というやつだ。

<レトロ自販機>
加須の駄菓子屋10円ゲームいながきが訪問した駄菓子屋さん、レトロ自販機まとめ 近畿・中国編 - Togetter
 いいな、いいな、いいなあ

<GBA>
・海外発『GBAコンソライザー』が登場!!

 Game-Tech社が開発した本製品は、USB-ミニHDMIケーブルを介して720pデジタル出力にアップスケールするもので、スーパーファミコンのコントローラポートも搭載。画像を調整するさまざまなオプション設定も可能なんだとか。よくわからないけど、すごい。



orotima-ku1.pngとくになし!

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関連記事

Amazon『PCエンジンミニ』予約開始!!


 Amazonプライムにて『PCエンジンミニ』の予約が開始された模様。

【プライムデー記念発売】PCエンジン mini(収録ゲームオリジナル楽曲(曲数未定)付)


 Amazon限定特典はなんかの楽曲付き(未定)!
 こういうところも見切り発車感がハンパないね、、、


【プライムデー記念発売】PCエンジン mini(収録ゲームオリジナル楽曲(曲数未定)付)
コナミデジタルエンタテインメント (2020-03-19)
売り上げランキング: 1




商品の説明
エディション:PCエンジン mini


商品仕様
入出力端子:HDMI端子、USB端子(typeA、micro-B)使用電源:micro-B給電、映像出力:720p、480p、音声出力:HDMI端子からのリニアPCM2CH出力

型番 : 2200630047989


 商品説明もあっさりすぎるし。

pcemini01.jpg
pcemini02.jpg

 収録タイトルぐらいは載せてくれよ。
 やっつけかよ、、、

 


orotima-ku1.pngまあ、なんだかんだ言って、買っちゃうんですけどね(笑


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「レトロゲーム評は内容以外を語るべきでない論」について


◆レトロゲームのイベント性◆

 先日、SNSで「レトロゲームのレビューに内容以外の情報は要らない」という意見を見かけた。現在プレミアがついているとか、いないとか、そんなもん純粋なゲームの評価とは無関係というわけだ。たしかに最近、値段だけでレトロゲームを語たるようなコレクターがSNSで「いいね」と同時に「ヘイト」を集めているのが目立っているため、カウンター的に邪道扱いしたくなる気持ちはわからんでもないのだが、、、

高額なレトロゲームの戦利品ツイートが「いいね」と「ヘイト」を同時に集める深い理由

 レトロゲーム評ということならば、あえて私は否定しよう。この令和時代にわざわざレトロゲームをプレイすること自体のイベント性を置き去りにしたレビューなど、少なくとも私には書けないのだ。なぜならゲームは体験だからである。

 かつて高田馬場ゲーセン「ミカド」池田店長がファミ通のインタビュー記事で以下のように語っていたことが想起される。

ゲームセンターのゲームって、
家を出た瞬間から冒険が始まっているんです。

 この令和の時代にわざわざレトロゲームをやるということは、押し入れの奥でほこりをかぶってる本体を引っ張り出した瞬間から、あるいはレトロゲーム屋へ足を運んだ瞬間から冒険は始まっているということだ。

 市場価格はそのイベント性のひとつだと考える。たとえば10万円するプレミアソフト(配信もしていない)をレビューしたところで、実際にプレイできるのはたまたま持ってたひとか、あるいは10万円をポンと出せる金持ちだけではないか。そのレビューを読んで興味をもったとしても10万円することがわかったら、読者はきっと複雑な気分になるに違いない。残念ながら我々が、お小遣いを握りしめながら通った近所のおもちゃ屋さんはもう存在しないのだから。ただしそのイベント性に言及しておけばそんな事態は防げるだろう。もしかしたら「いつかゲットしたい」と思う新たなコレクターを生むきっかけになるかもしれない。レトロゲーム高騰化が叫ばれる昨今であるが「プレミアソフトに憧れる気持ち」というのは誰にも踏みにじられるものではないはずだ。



◆客観的なレビューとは?◆

 もはや我々は令和に生きている。あの頃の熱狂に戻ることはできない。たとえば「良いゲームは記憶を消してもう一回やりたくなる」とはよく言ったものだ。いつまでたっても初恋が忘れられないように、我々は常にゲームプレイの初期衝動を追い求める。逆に言えばゲーム体験とはいかなる場合でも一度きりなのだ。したがって何度やっても同じ感想になるゲームなどありえない。誰がやっても同じ感想を抱くゲームなどありえない。つまりレビューとは元来、どうしても主観的にならざるを得ないものなのである。

 そういえば昔、とあるゲーム雑誌にレビュー原稿を送ったところ、編集部にこんなことを言われたことがあった。オロチさん、もうちょっと客観的に書いて下さい。客観的……だと……!?

famicomnohakonoe01.jpg

 客観的なレビューとは何だろう。小一時間考えたのだ。客観的な事実だけを並べた文章などレビューと言えるのだろうか。いや、それはただの紹介文だ。あえて乱暴な言い方をすれば、客観的な紹介文を求めるならば個人の文章よりゲームカタログ@Wikiを読んだほうがよっぽどいい。なぜなら客観性とは視点(書き手)が多ければ多いほど洗練されていくからだ。私は筆を止めそんなことを小一時間考えていた、、、

 ――結局、この問題はすべてのレビューを記名記事にすることで解決し、僭越ながら私はホッと胸をなでおろしたのだ。その雑誌が水を得た魚のようなレビューであふれることになったのは言うまでもない。



◆もっと歴史を語ろう◆

 改めて問おう。レトロゲーム評で内容以外を語るのは邪道だろうか。私はそうは思わない。むしろ我々はもっと歴史を語るべきである。歴史とは教科書に載ってる退屈な昔話のことではない。連綿と重ねられていく人間の所業そのものだ。あらゆるものは生まれた瞬間から歴史を重ねていく。この世に存在している以上、レトロゲームとて例外ではないだろう。

rekisi0.jpg

 レトロゲームの歴史は2種類ある。ひとつはゲーム内で経過した時間、プレイヤーが積み重ねていったプレイ記録としての歴史である(≒内容)。もうひとつはゲームそのものに流れる時間、それがいつ、どのように製造され、どのように流通し、どのように評価され、現代に至るのか、ゲームそのもののが積み重ねてきた歴史である。そこには個人の思い出も含まれるだろう。かつて日本全国のファミっ子たちが流した汗と涙が含まれるだろう。パッケージも付属品もそのゲームが辿ってきた製造の歴史である。市場価格もそのゲームが辿ってきた流通の歴史である。

 どっちみち歴史なのだ。
 邪道もへったくれもありゃしない。


 🐍🐍🐍


 ゲームはプレイしてなんぼ。内容ありきなのは言うまでもない。しかしながら上で述べてきたようにレトロゲームにおいては享受するスタイルの多様化に伴って、そのイベント性が無視できなくなって来ている。なぜならばゲームそのものが歴史を重ねてきているからだ。したがって私はその作品の魅力のすべて(あくまで主観ではあるが)を、内容だけで伝えることがどうしてもできないのである。こんな評価もあるよ、こんな歴史もあるよ、色んな角度から語りたくて仕方ないのだ。

 我々はそれでも絵空事のように、あの頃の熱狂のまま時間が止まった世界に生きているふりをしながら、白々しくレトロゲーム評を語らなければならないのだろうか。




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