コメント
課金ゲームはプレイ実績の蓄積がゲーム内に行われていて、
飽きてそのゲームを止める事はその蓄積を手放す事になるのかなぁ、と。
ひとつのゲームをやりこむひとたちはゲーム外への蓄積、
例えば自分自身にノウハウの蓄積を行っているのかなぁ、と。
またはゲームから引き出した情報等をネットで公開するなどして、
ゲームとは別の世界で満足を得ているんじゃないかなと。
飽きてそのゲームを止める事はその蓄積を手放す事になるのかなぁ、と。
ひとつのゲームをやりこむひとたちはゲーム外への蓄積、
例えば自分自身にノウハウの蓄積を行っているのかなぁ、と。
またはゲームから引き出した情報等をネットで公開するなどして、
ゲームとは別の世界で満足を得ているんじゃないかなと。
チーズ蒸しパンの話はフィクションっぽいですが言わんとしてる事はわかります
ふとした瞬間に飽きるパターンってあるんですよねぇ、脳内のメカニズムって不思議です
ふとした瞬間に飽きるパターンってあるんですよねぇ、脳内のメカニズムって不思議です
>それよりも、深刻なのは人々がゲーム自体に飽きてしまうことです。
どんどん操作が複雑、どんどんシステムが複雑になっていくと
もうゲーム自体いいやになって、ユーザーを減らす結果にもなるな
つか既になってるのかも?
どんどん操作が複雑、どんどんシステムが複雑になっていくと
もうゲーム自体いいやになって、ユーザーを減らす結果にもなるな
つか既になってるのかも?
ロボ平さん
そういった意味ではボンバーマンおばあちゃんと、スーパーマリオ世界記録のひとたちは区別して考えなければならないかもしれません。これは完全に僕の想像でしかありませんが、おそらく前者は本当にそれしかやってなく、後者は息抜きに他のゲームもやっているでしょう。そう考えると、本当に「ひとつのゲームをやり続けているひと」っていうのは、一握りしかいないのかもしれません。
そういった意味ではボンバーマンおばあちゃんと、スーパーマリオ世界記録のひとたちは区別して考えなければならないかもしれません。これは完全に僕の想像でしかありませんが、おそらく前者は本当にそれしかやってなく、後者は息抜きに他のゲームもやっているでしょう。そう考えると、本当に「ひとつのゲームをやり続けているひと」っていうのは、一握りしかいないのかもしれません。
チーズ蒸しパンの話は多少、脚色してますが実話です(笑)
たぶん彼は人生で食べられるチーズ蒸しパンの閾値を越えてしまったんだと思われます。それが、たまたま、その日の二口目だったと。とある生物学者が提唱した「百匹目の猿」という概念に基づいて考えれば、もしかしたらその先には人類全体のチーズ蒸しパンの許容量といったものがあって、いつか、その閾値を越えてしまったら、人類全体がチーズ蒸しパンを食べられなくなってしまうかもしれません! 今、こいつは何を言ってるんだと思いましたか(笑)
もっともこの現象はオカルト界隈では有名な似非科学話なんですけどね。
たぶん彼は人生で食べられるチーズ蒸しパンの閾値を越えてしまったんだと思われます。それが、たまたま、その日の二口目だったと。とある生物学者が提唱した「百匹目の猿」という概念に基づいて考えれば、もしかしたらその先には人類全体のチーズ蒸しパンの許容量といったものがあって、いつか、その閾値を越えてしまったら、人類全体がチーズ蒸しパンを食べられなくなってしまうかもしれません! 今、こいつは何を言ってるんだと思いましたか(笑)
もっともこの現象はオカルト界隈では有名な似非科学話なんですけどね。
ひとは人生の色んなタイミングでゲーム自体に飽きてしまいますね。その多くは引っ越しや就職、結婚といった外的要因なのかもしれません。しかし、ゲームが複雑になるだとか、マンネリ化するだとか、内的要因に関してはできるだけ取り除いておくに越したことはないでしょう。ただ難しいのは「飽きさせない」工夫と、「面白さ」の追求って同じようで違うんですよね。両者は決して二律背反するものでもありませんが、この微妙な違いを意識しているかどうかは、非常に大きいと思います。
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