教育評論家やスポーツタレントが「eスポーツ」に戸惑う理屈


 日本はいまだにeスポーツ後進国と呼ばれているらしい。さっそく調べてみたら過去には人気教育評論家が「eスポーツって本当にスポーツなの?!」と疑問を呈したり()、有名スポーツタレントが「スポーツってのは全身を使うもの」とTVで否定したり()して物議を醸していた。戸惑っているな、という印象だ。

 たまたまではあるが教育関係者やスポーツ関係者が戸惑っているというのが象徴的ではないか。「教育」と「スポーツ」この2つのワードを悪魔合体させてみると、あら不思議。出来上がるのは「体育会系」という謎の風習なのだ、、、

 ※ここは、この2例を見ただけで全体をそう決めつけているわけではなく、あくまでもこの2例がきっかけとなって、そのような発想をしたと言っているだけです。以降はそう仮定した場合、どうのような答えが導き出せるかという話をします。

体育会系(たいいくかいけい)とは、大学などの課外活動の分類の一つ。 転じて、それらに属する人々やその性格・気質の総称。 反対語は文化系。


 一般に体育会系気質の特徴として「隷属的」「全体主義」「根性論」という3つのキーワードが挙げられる。彼らは上下関係や礼節に厳しく、上の者には絶対に従わなければならないと信じており、喜びも悲しみも皆で分かち合い、個々が皆のためにがんばろうという全体主義が大好きで、根性さえあれば、夢さえあれば、ポジティブな気持ちさえ失わなければ、ひとは何でも乗り越えられると教えられてきた。そこには単純な構図がある。教育者にとって教えられる側の人間がそのような状態のほうが都合がいいのだ。



 歴史をひも解くと、スポーツには「都合のいい管理体制を築き上げるため」に教育に利用されてきたという側面があった。しかも利用する側、される側の多くはそれに無自覚である。なぜならそれは決して悪いことではないからだ。自覚する必要がないのである。したがって冒頭の教育評論家やスポーツタレントの戸惑いは、そんな聖域がビデオゲームに侵されそうになっていることへの直感的な嫌悪の発露であろう。プロのeスポーツ選手の多くは非常にストイックで、日々、研鑽を積む姿は一流アスリートとなんら変わらないことを、彼らは知らないのだ。(たとえ知ったとしても余計に戸惑うだけかもしれないが)

 一方、eスポーツはeスポーツで、今まで「楽しいだけ」の文化系娯楽だったビデオゲームが体育会系の文脈に組み込まれることへの戸惑い(主に享受する側の)を内包しているように見える。そもそも体育会系という概念が生まれなければ文化系という概念も生まれなかったのだから、きっと根っこは同じなのだろう。




orotima-ku1.png体育会系ノリは苦手ですがスポーツは好きです

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まあ自分の専門分野が侵食されてくようだから、自分ではわからないので語れない分野だから、嫌なんだろうなあ。

元野球選手なのにラグビーW杯を語れる空気感はあるんだろうけど、eスポーツとなると途端に語れなくなるんだろうか。

体育は学校教育で、eスポーツは遊びの延長、非学校なんで、スポーツの原義的には後者の方が実はスポーツ寄りなんだけど
9296. [ 2019/11/04 10:52 ] [ 編集 ]
体育とスポーツは真逆の意味だと偶然聞いたラジオで五体不満足の乙武さんが言っていましたよ。
スポーツは語源的に気晴らし・休む・遊ぶの意味が含まれているのだとかで、
例えばチェスもマインドスポーツと言ってスポーツに含まれるんですよ、と。
そう言えば、モータースポーツって言葉もありますよね。
なので、eスポーツはその意味では違和感無いハズの言葉だなぁと思いました。
9301. [ 2019/11/05 20:25 ] [ 編集 ]
よく言われてることですがスポーツは疑似戦争だと私も思います。古代ローマの剣闘など言うまでもなく、ラグビーですら敵の大将の生首の取り合いが起源だったと言われています。さらにプロとアマでは意味が違ってくるでしょう。色んな軸があります。ガチなひとたちは体育会系な感じになりやすいし、エンジョイなひとたちは仰る通り「遊びの延長」と言うでしょう。それらと「体育」が真逆というご指摘ですが、そもそもスポーツを教育に利用しようとした連中が「体育」という言葉をつくったと認識しておりますので、私の中では「真逆」という表現は少し違うと思いますね。色んな軸がありますから。
私は世間一般が「学校=教育」と思い込みすぎだと思います。たとえば勉強と言う言葉。勉強が大嫌いというひとがたまにいますけど、勉強ってのは何も学校で習う授業だけを指しません。当然、スポーツからも学ぶことはたくさんあるわけです。したがって体育とスポーツは真逆という乙武さんの発想はいかにも「学校=教育」と思ってるひとたちに寄り添ったご指摘だなあと思いますね。軸はたくさんあります。真ん中に線引いて、ここから先は体育、ここから先はスポーツ、、、なんて単純なものとは思えません。
9303. [ 2019/11/06 09:01 ] [ 編集 ]
乙武さんは彼の状況から見ても当然なことながら、戦前から体育教育の現場で唱えられている「健全な精神は健全な肉体に宿る」の言葉に対して、これは問題があるとずっと言っているわけですが、国会の文教族、特に森喜朗氏をはじめとする体育会系の議員や官僚たちにとっては体育以外をスポーツに含めるのは困るんでしょう。

F1を頂点とするモータースポーツは、文科省ではなく国交省と警察庁、民間側はJAFです。しかもモータースポーツへの最大の入り口となるべき運転免許制度にいたっては教育委員会はずっと敵視したままというありさまです。
日本古来のプロゲーマーのあつまりである、日本棋院や日本将棋連盟は強いて言えば公益法人として内閣府の所管です。こちらも昔は受験戦争からドロップアウトした落ちこぼれ扱いすらされていました。

この点から見ても、体育以外の「スポーツ」ってのは、文科省はじめ教育機関系にとってはただの厄介者なんでしょう。
9304. [ 2019/11/06 10:52 ] [ 編集 ]
なるほど。そういう背景があるのですね!
大変、勉強になります。それぞれの政治的バックボーンによって、思惑が違うわけですか。面白いです。私のすきなエクストリーム系スポーツ(スケボーとか)はどこになるのかな。実は私はこの記事を書く前に、最終的にはなんとか将棋の話をからめられないかなと思っていたんですが、うまくまとまりませんでした(笑)
つまり、日本古来の将棋という競技と、近代スポーツの違い、という視点ですね。また別の機会にでも。
9306. [ 2019/11/06 11:37 ] [ 編集 ]
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