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「ゲーム規制」の歴史 (1) 【ゲーマーの教養シリーズ】

 知らなくてもいいんだけど、知ってるとちょっとだけ役に立つかもしれない知識シリーズ。第2弾は「ゲーム規制」の歴史です。(前回はこちら



◆古来より”ゲーム”といえば賭博だった◆

 日本の歴史を振り返ると、国家(行政)によるゲーム規制は今に始まったことではないことがわかる。それどころか西暦が3ケタの時代から存在すると言ったら驚かれるだろうか。ゲームは元々「非電源」の時代からギャンブルと切っても切れない関係にあった。日本の正史書である「日本書紀」によれば天武14年(685年)、天皇が大安殿にて「博戯せしむ」とある。博戯(はくぎ)とはいわゆるボードゲームのこと。すなわち双六(すごろく)賭博である。日本では古くから双六賭博が貴族の嗜(たしな)みですらあったのだ。しかしギャンブルで身を滅ぼす貴族が後を絶たなかったのか。持統3年(689年)にはとうとう「禁止令」が出されてしまった。これこそ記録にのこる本国初のゲーム規制である。それ以来、日本の歴史には「双六禁止令」が何度も何度も顔を出すのだった。

 そのような歴史を踏まえつつ、時代を一気に早送りしよう。西暦で言うと1970年代の話である。この時代になるとゲームは電気を帯びるようになっていた。ファミコンはまだ登場してないので家庭用ゲーム機はそれほど普及していなかったが、業務用ゲーム機市場の拡大は目覚ましく、とくにスロットマシーンやルーレットといった賭博性の高いメダルゲームが全国のゲームセンターのみならず、喫茶店やバーなどへ急速に普及していたのだった。そのような流れで当然、表面化してくるのが「ギャンブル問題」である。

 1974年9月発行のアミューズメント誌「ゲームマシン」によると、1973年のゲーム賭博による検挙数は大阪だけで2800件。没収金額は1324万円にのぼったそうだ。この数字は全国で突出していた。

GM740930大阪賭博犯
 引用:ゲームマシン1984年9月20日号 Game Machine Archive

 翌月、大阪のアミューズメント業界団体「大阪メダルゲーム協同組合」は緊急総会を開き、営業時間の見直し、店内照明の高ルクス化、賭博をイメージさせる店名の禁止、未成年者及び暴力団関係者の入店禁止などを取り決めたのだった。いわゆる「自主規制」というやつである。しかしそれでも検挙数が減ることはなく、しまいには高校生や中学生までもがゲーム賭博で検挙される始末。そんななか1975年2月、ついにそれは起こってしまった。あろうことか業界団体の幹部が賭博幇助(とばくほうじょ)のうたがいで逮捕されてしまったのだ。それによって警視庁による締め付けがますます勢いづいたのは言うまでもない。

 しかし業界団体はひとつではなかった。東京の「メダルゲーム協議会」は違法営業の一掃を緊急決議。運営方針を示すなどして対抗したのだ。このようにしてゲーム賭博をめぐる「行政による締め付け」vs「業界団体による健全化」という構図がしばらく続くのであった。



◆規制の機運をつくった『デスレース』騒動◆

 いよいよ、ここからが本題と言っていいだろう。前段のような背景があり、アミューズメント業界団体は1970年代後半になると今まで以上にゲームの健全娯楽化を図るべく、デパートやスーパーマーケットなど大型商業施設へのロケーション拡大を推進するようになっていた。また、ブラウン管を使用するビデオゲームの普及などに伴って賭博性の低いゲーム(シューティングやアクションなど)が増えたことも要因となり客層に変化が現れたのだ。若年層の増加である。これは業界団体の地道な努力の成果だったのだが、皮肉なことにそれがのちのち別の新たな問題につながっていくのだ。

 1976年7月――
 米国でその後の流れを決定づける出来事が起こった。Exidy社が販売した『デスレース』というゲームが、AP通信の女性記者の目に止まったのだ。なぜならその内容が「車に乗って歩行者を次々とひきころす」というものだったからである。さっそく彼女はそのゲームを「暴力的コンテンツ」と位置づけ報道した。するとその記事は1977年にかけて様々なメディアに取り上げられ、ニューヨークタイムの紙面を飾るまでに至ったのである。

220px-DeathRace_arcadeflyer.png
 引用:Death Race (1976 video game) - Wikipedia

 やがてこの問題は日本にも飛び火し、業界団体に「青少年に悪影響を及ぼす」とのクレームが届くようになった。発端は岐阜市柳ヶ瀬のゲームセンターに置かれていた『デスレース』だった。岐阜県青少年育成県民会議(社団法人)が撤去を求める騒ぎを起こし、中日や朝日新聞がこれを「交通殺人ゲーム」として大々的に報道したのだ。やがて撤去運動は全国に波及。現在まで脈々と続く「ビデオゲーム=青少年育成に悪影響」論の産声はこのときあがったのだった。

 アミューズメント業界団体がそれらの要求を甘んじて受け入れたことにより、すでに全国各地に販売し尽くされていた『デスレース』が健全化という大義のもと次々と生贄にされたのは言うまでもない。さらに輸入販売業者が電気用品取締法違反を根拠に逮捕されるという形でこの騒動は幕を閉じた。これはあからさまな別件逮捕であったが、警視庁はこれ幸いと1968年に施行されてはいたものの、形骸化していた電気用品取締法の強化に乗り出すことになる。出し抜けに対応を迫られた業界団体は「電取登録制」を採用すると発表。早急に実施することとなったのだ。



◆岡山県から火がついた条例ラッシュ◆

 一方、メダルゲームについても「青少年の健全な育成に悪影響を及ぼす」として危惧の声が根強く、ついに1977年9月16日、岡山県が「岡山県青少年保護育成条例」を施行。メダルゲーム機の置いてある場所に青少年を入場させてはならないとして、ゲームセンターへメダルゲーム機の撤去を指導するなど、厳しい処置がなされたのだ。さらに岡山県に追随するように富山県も同様の条例を施行し、青少年によるメダルゲームを禁止したのだった。

 アミューズメント業界はこの一報に大混乱となり、各所で会合が行われ、さっそく業界団体関係者が岡山県警や富山県警を訪問。詳しい事情を聴取するなど対処に追われた。10月には滋賀県が、翌年には和歌山県が同様の条例を可決。岡山で上がった火の手は確実に全国へ波及していったのだ。

okayama0.jpg
 引用:ゲームマシン1987年11月15日号 Game Machine Archive

 さらに行政は追い打ちをかけるように電気用品取締法の一部を改正。業界団体は次々に降り注ぐ取締・規制・条例ラッシュへの対応を迫られ、ただでさえ手が回らない状態だったのだが、そんななか、やってきたのがあの空前のブームだった、、、



◆決定打となったインベーダーブーム◆

 1978年6月にリリースされた業務用ゲーム『スペースインベーダー』が、翌1979年にかけて「日本中から100円玉が消えた」と言われるほど大ブームを巻き起こしたのはあまりにも有名な話である。アミューズメント業界は嬉しい悲鳴をあげながら対応に追われるハメとなったが、皮肉なことにブームが過熱すればするほど、全国各地で未成年者によるインベーダーゲームしたさの窃盗行為や、不正プレイ行為などが頻発。世の中の「ゲーム規制」の機運が一気に高まってしまったのであった。

 1979年3月にはついに国会に登場。当時の社会党議員が「インベーダーゲームを法規制すべきだ」とまくし立てた。またこのブームの煽りを受け突如、苦境に立たされたパチンコ業界もなりふり構わず、インベーダーゲームの法規制を支持する始末である。

ge-mukinsi.jpg
 引用: Game Machine Archive

 そこで業界団体はすぐさま「インベーダーゲーム自粛宣言」を発布。青少年非行防止の観点から自主規制を実施することを高らかに謳い、自粛パンフレットやポスターの配布・掲示を積極的に行うことを約束したが、そんなものが焼け石に水であったことは誰の目にも明らかであった。全国各地の教育機関では、教壇から生徒たちへ「インベーダーゲーム禁止」が高らかに告げられ、ゲームセンターがいかに「悪の巣窟」であるか徹底的に説かれたのだった。

 しかし80年代に入るとインベーダーブームは嘘のように沈静化してしまい、入れ替わるように起こったゲーム&ウオッチブームを経て、社会の「ゲーム規制」の流れは家庭用ゲーム市場へ舞台を移し、新たな展開を迎えることになるのだった。


<ゲーマーの教養シリーズ>
「日本人と遊び」の歴史 【ゲーマーの教養シリーズ】  
「ゲーム規制」の歴史 (1) 【ゲーマーの教養シリーズ】  




orotima-ku1.png今回はここまで!

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コメント

記事的には、日本のみになると思うけど。アメリカとか海外での規制とか、実際に規制されてるのかどうかとか踏み込んでほしいかな。

あとジャンク扱いだと規制甘そうなんだけど問題もあるんで。つかそもそもパッケージゲームを現役世代がやるのかどうかで、規制自体意味あるのか、あっても、そもそもやらないんじゃ規制の意味なくないかな とも思ってしまう。エロを見たければエロ本じゃなくて、エロとググれば済むような現代になってしまってるし。形式だけが好きな官僚的な世界、PTAワールドでしかないようにも思うなあ。

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