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「クソゲー」という言葉は「神ゲー」という言葉と邂逅したことによってより陳腐化したのではないか?

 ここ数日、起こっていた「クソゲー」という言葉をメディアが使うべきか否かという議論について正直「つかみどころがないな」と思って、黙ってるつもりだったんですが、Twitterで「クソゲー」や「神ゲー」という言葉はなるべく使わないようにしてるというツイートを見て一気にモヤが晴れたので、やっぱり書きますね。個人的にこのクソゲー問題「神ゲー」という言葉とセットで考えることで焦点が見えてきたんです。

 かつて、みうらじゅん氏が発した「クソゲーム」という言葉には彼の提唱する「そこがいいじゃないの精神」が内在していたと私は勝手に解釈してきました。その精神はある意味、今でも息づいているのかもしれません。それが今回の『ファイナルソード』現象ですよね。でも小学生の息子を見ているとよくわかるんですが、彼はゲームやってるとき何かというと「はいクソゲー!」だの「よっしゃ神~!」だの言うのですよ。たまには違うことも言いますけど、基本的にその2つしかゲームを評価する言葉をもちあわせていないようなんです。彼のともだちも、彼のよく見ているYoutuberも全員が同じような口調でした。子どもって5000兆円だの。10万57歳だの、極端な言葉が好きですもんね(笑)

 それはそれで別にいいのですよ。元々「クソゲー」という言葉なんて、そんな御大層なもんじゃなかったですから。つまらんゲーム、設定がおかしいゲーム、すぐ死ぬゲーム、その程度の意味しかありませんでした。でもそれが「神ゲー」という言葉と邂逅したことによってポジションが明確になってしまったんですよね。ほら、スイカに塩をかけると甘さが際立つというアレですよ。きっと「クソゲー」という言葉が本来もっていた陳腐さが、「神ゲー」というより陳腐な言葉の対義語でしかなくなったことによって際立ってしまったんです。

 思えば「神ってる」という言葉が流行語大賞を獲ったのが2016年でした。それ以前から2ちゃんねるなどインターネット界隈では何かとすごいことを「神」って呼んでましたよね。白状しましょう。私は一時期(2000年代前半くらいかな)2ちゃんねるに入り浸ってたことがあったのです(ゲームとはまったく関係ない板です)。でも、そんなノリは大嫌いでした。無類の神話マニアでしたから、ちょっとすごい人間ごときを軽々しく「神」とか言ってほしくなかったんですよね。それが10数年後、流行語大賞を獲るくらい市民権を得ちゃったわけですから目も当てられませんでした。



 「神ゲー」という言葉がいつからあったかは知りません。面白いことにニコニコ大百科によると「神ゲー」とは『ポピュラス』など神様になれるゲームのことを意味した時期もあったようです。しかし今ではそんな意味で使ってるひとをめったに見ませんよね。一方「クソゲー」という言葉はファミコン時代に生まれ、そういう私もまだ「神ゲー」という言葉がない時代から「クソゲー」という言葉をつかって来ました。どちらかといえば好意的につかってましたね。むしろクソゲー愛好家と名乗ってましたから。今読んだら顔から火が出るくらい恥ずかしい文章ですけど、1997年頃から「オロチのクソゲーな日々」というホームページ内コーナーもやっていました。

 しかしいつの頃からか「クソゲー」という言葉が語弊を生むというか、とくにレトロゲーム界隈では「どうやらタブー化してるな」という空気になってきたのが2010年代に入ったころだったんですよね。今思うと、それは、ちょうど「神ゲー」という言葉が2ちゃんねる住人だけでなく一般ゲーマーにも浸透してきた頃と一致するような気がするのです。それに伴って、ひとつのタイトルについて「クソゲーか神ゲーか」みたいな両極端な反応しかしないひとたちが目立つようになりました。それはそれで結構なんですが、ほら、よくワイドショーとか週刊誌なんかに美人○○、イケメン○○なんて言葉が踊ってるじゃないですか。オークションの「激レア!」とかその類ですよ。衆目を集めるためだけに、とりあえず美人って言っとけみたいな、正直よくわかんから激レアって書いとけみたいな、同様にそれほどクソでもないけど皆そう言ってるし、とりあえずタイトルに「クソゲー」って入れとけみたいなメディアの記事があったならば読み手は警戒しなければなりません。今回のクソゲー議論の発端となった提言は、たとえそういう意図がなかったとしてもそう思われるリスクが高いので書き手は気をつけましょう、ということだったのかなと、少なくとも私は理解したのです。

 ここまで紐解いておいて何ですが、私からの個人的な意見は控えさせていただきます。議論が良い方向へむかっていくことを願いつつ、引き続き見守ることにしましょう。



orotima-ku1.pngファミコンのネタ!!は神ブログ!

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コメント

クソゲーの人のNOTE読んだけど、結局なぜそこまでしてクソゲーという言葉を使いたがるのか理由がさっぱりわからなかった。
注目を集めやすいからという理由で安易に使いまくった結果がクソ以下のゴミみたいなクソゲー本とかクソゲーレビューの乱発なので。もう嫌われるべくして嫌われ呆れられている。もう遅いよ。
それにしてもメディアでクソゲーという言葉を使う事の是非を話し合ったという話はすごいね。小学生の学級会でもなかなかないレベル。

やることが苦痛なくらい酷いゲームなら「苦楚ゲー」という呼び方もあるかなと思いますが、
まあ大抵は少し親しみも込めて「クソゲー」と呼ぶかな。クソおやじとか呼んでても、心のどこかでは好きな感情と同じかと。

毒蝮三太夫が「長生きしろよ!ババア!」とはいうけど、「クソババア」とは言わないっていう話をこの議論のなかで何故か思い出しました。
愛情なのは分かるけど、それを言葉のどこまで内包してそして、それを相手にドコまで伝えられるのかというのはどんな問題でも難しいと改めて痛感しますね。ライターさんならなおのことでしょうし。

10570さん
>嫌われるべくして嫌われ呆れられている
ええー、そうなんですかー。もうそこまで落ちていたとは。

10573さん
くそお世話になりました。みたいなあれですね。

ノアノハコブネさん
>ライターさんならなおのこと
そうですね。そもそもがライターさん側の問題ですし。

クソゲーという言葉が陳腐化しているというオロチさんの指摘には同感。
でついでに言うと、クソゲーとか神ゲーってゲームなんてロクに遊んでないエアプ勢には便利な言葉なんですよ。
そんな人でもクソゲー神ゲー言っとけばゲームの話題に参加出来るから。
実際一番クソゲー言ってるのがこの層じゃない?
動画を見てクソゲー、ゲームカタログwikiにクソゲーと書いてあったからクソゲー、AVGNでクソゲーと言ってたからクソゲー、もうそんなのばっかり。
ファイナルソードにしてもクソゲー言い出したのは遊んでる人達じゃなくてただ動画を見ただけの、身銭を切った訳でもない外野の人間っていうね。
クソゲーという言葉はミームとして定着しているとか言うけど、大概ロクな使われ方してないから陳腐化を通り越してもうただの痛いワードになってる。

神ゲーもまあ陳腐化してるとは思うけど、この言葉を言い出した人って誰なんだろ?メディア発初はどこだろ?

一般からの出方、広まり方だと思うけど、ちょっと気になる。

検証ネタで10583さんに便乗なんですけど、当時ゲームファンにクソゲーという言葉が広まったのは少年ジャンプのファミコン神拳の影響が絶大だと思ってたんですが認識違いですかね?
宮岡寛氏が「メディアで最初にクソゲーという言葉を使ったのは俺達」だとFCメタルマックスの連載記事で言ってた記憶があるんですが。
当時の子供にとってみうらじゅん氏の影響なんてはっきり言って1ミリも無いと思いますよ。ってか皆さんそんなにBeep読んでました???
私は逆にジャンプは読んでなくてBeep読者で例の対談記事もリアルタイムで読みましたけど、みうらじゅん氏が言うクソゲーの「そこがいいじゃないの精神」なんてのはもうね、完全に財力と心に余裕のある大人目線の考え方でガキんちょには理解し難いものでしたよ(笑)。
ファミコン神拳は子供目線で、なけなしのお小遣いでゲームソフトを買う子供に悲しい思いをさせたくないからクソなゲームははっきりクソゲーだと言うぜ!って姿勢でクソゲーを使ってたから、文字通りのクソレベルのゲームを指す蔑称だったと思うんですがね。
いやなーんか、クソゲーという言葉を使いたがる人達がBeepの対談記事を黄門様の印籠のように持ち出して定義がどうのこうの言うのが違和感が拭えないんですよね。
どうにもこれもまたファミコンの歴史が曲げられた案件に思えてしまうんですよねぇ・・・。

10582さん
身銭を切るという話になると、当時、リアルタイムで定価で買ったやつ以外何も言うなという極端な話になってしまうので、慎重に議論がひつようになりますね。

10583さん
文章に書いたのですが、私は「神ゲー」という言葉は陳腐化したというより、最初から陳腐な言葉だと思っています。

10587さん
なるほど。たしかにそうですね。
ただ、みうらじゅん氏が発したクソゲームという言葉に彼の「そこがいいんじゃない」の精神が込められていると思ったのはあくまでも私の解釈であって、私がクソゲーのページをやっていた1997年は、すでに大学生だったので、リアルタイムでそう思ったと書いたつもりじゃなかったんですよ。そこは語弊があったかもしれませんね。しかも90年代後半はファミコン氷河期時代、つまり捨て値で売られていた時代だったので、痛手もそこまでありませんでした。逆に現役時代、私が小学生だった時代はクソゲーなんて言葉をつかったかどうか、実はあまり憶えてません。もしかしたら私が、つまらないゲームでも、ある程度、頑張ってやってしまう性格だったのが関係するかもしれません。

オロチさん
>「そこがいいんじゃない」の精神
私も同じ受け取り方でしたよ。言ってる事は「つまらないゲームをムキになってやっている自分が面白い」「なんか憎めない」くらいの、ごくありふれた話に思えましたね。変に持ち上げるでもこき下ろすでもなく。
>私がクソゲーのページをやっていた1997年
1997年というとあの「超クソゲー」以降の時代なので、それ以前とはクソゲーの認識が大きく違ってますね。
クソゲーをただ憎むのではなく笑い飛ばそうというコンセプトを提唱したのが超クソゲーで、笑い所を大文字+太字で強調するスタイルのクソゲーレビューサイトが当時溢れていたのも超クソゲーの影響でしょう。その後は2004年から始まったKOTYがクソゲー弄りブームを引き継ぐ形ですかね。
それ以前はクソゲーを弄るという発想はほぼ無かったと思いますよ(MD専門誌の最下位四天王がクソゲー弄りに近いけど、あれは購入者の怒りの方が強そう)。

いずれにしても今はクソゲーをシリアスな意味じゃなくてネタ的とか軽い煽りで使う人が多いんでしょう。
で、ネタとして使うという事は使い手(書き手)のセンスが問われるわけで、クソゲーの記事に不快感を示す人が多かったという事は、その時点でもうネタとして失敗だと思うんですよね。ネタがスベったのに「クソゲーは悪口じゃなくて、独特のニュアンスが~」とか説明しちゃうのがもうアチャーって・・・
メディアがクソゲーという言葉を使うべきか否かなんて結局書き手のセンス次第としか言いようがなくて、みうらじゅん氏クラスの文化人ならクソゲーを使っても含蓄のある面白い記事になるかも知れないけど、ギャグセンスに自信が無いなら止めとけば?って思いますね。もしくはどういう読者層に迎合するかという話にしかならんでしょう。何を議論していて何が決まるのかは知りませんけど。

超クソゲーって本ですか?私は持ってないので調べたら1998年発行となってました。違ってたらすみません。少なくとも私は読んだことありません。超クソゲーも読んだことないのにクソゲー語って申し訳ない気もしますが、別の小さな小さな流れがあったと思っていただければ幸いです。
そんで私の場合、改めて考えてみると影響を受けたとしたら、必本とか、ジャンプ放送局だったんですよね。ただ当時は10592さんがおっしゃる通り、いわゆるクソゲーいじりみたいなノリではなくて、どちらかというと一発ネタ、つっこみ芸に近い感じですかね。
振り返ってみると、1990年代後半当時はファミコン集めてるやつなんて変人扱いされてまして、捨て値で売られてましたし、本当に御大層な趣味でも何でもなく、ファミコンやってるやつ=クソゲー愛好家みたいなところがあったんですよ。クソゲー愛好家にならざるを得なかったというか、なるべくしてなったというか、、、
もちろん面白いのもありますけど、全部集めるつもりでしたから、クソでも何でも買ってやってたんですよ。そんなバカげた行為を自己正当化するわけじゃないですけど、あえて高尚な趣味みたいに楽しむってノリが生まれまして、それがオロチのクソゲーな日々だったんです。だから私はクソゲーという言葉に対して人一倍、思いがあったのかもしれません。これは私のものすごい個人的な見解ですね。10592さんのおっしゃる大きな流れとは違うのかもしれません。



失礼しました。超クソゲーは1998年でしたね。勘違いでした。
考えてみれば1997年はまだインターネットで個人のホームページを持つのが珍しい時期ですし、クソゲーレビューサイトの氾濫は2000年くらいか?
オロチさんの場合はクソゲーを本来の意味(クソレベルに駄目なゲーム)で使っている正統派だと思うんですけど、超クソゲーに影響されて始めたようなクソゲーレビューサイトの多くは自分の突っ込み芸を見せたいがために何でもかんでもクソゲー認定するようになってきて、レトロゲームをエミュでちょっと遊んではいクソゲー、みたいな、終いには「初代スーパーマリオは後ろに戻れないからクソゲー」くらいの滅茶苦茶なものが出てきて、まあそこからですかね。クソゲーという言葉が嫌悪され始めたのは。
最初はちょっと面白みの味のある言葉だったのが、つまらない人間がつまらない使い方をしまくった結果一気に陳腐化したと。もうまんまコミュニティの一生のコピペの流れですね。
そしてクソゲーのハードルが逆に上がった気もしますね。「クソゲーと言うからにはそんなヌルいのじゃなくてデスクリ級のクソを持って来いよ」っていう感じで(笑)

なるほど。わかってきました。ゲームに接するスタイルの問題と濫用の問題なんですね。前者は言語道断ですし、後者はたしかに、コミュニティの一生というコピペを今、調べてみたのですが、これはまさに陳腐化の典型ですね。コミュニティ自体の、コンテンツ自体の陳腐化だ。ただクソゲーの場合、明確なコミュニティなんてものはなかったし、コンテンツとよべるほどのもんでもないので、中途半端にくすぶりつづけているという感じでしょうか。そんな言葉の扱いについてメディア側が議論するのは、非常に有意義だと思いますよ。だいぶ、状況が見えてきました。ありがとうございます。


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