たまたま、2017年6月21日付の「Nikkei Style」に掲載されたニンテンドー・オブ・アメリカ(以下:NOA)の記事を読んでおりました。
畏れ多くもそれは元NOA会長であり、シアトル・マリナーズの会長でもあったハワード・リンカーン(Howard Lincoln)氏と、創業メンバーで今もなお生産部門の幹部をつとめるドン・ジェームス(Don James)氏という、NOAの超大物へのインタビュー記事だったのですが、その中にどうしても看過できない記述を発見してしまったんですよ。
当初は、“ジャンプマン”と呼ばれており、“マリオ”と名付けたのは、米国任天堂だ。ジェームス氏がその由来を教えてくれた。「当初、米国任天堂のオフィスがサウスセンターにあったという話はしたが、あの辺りは今も昔も倉庫街なんだが、周辺一帯の倉庫を所有していたのが、マリオ・セガリさんという人だった」。マリオファンなら、耳にしたことのある名前だろう。
ジェームス氏はその頃、日本から輸入されたドンキーコングに登場するジャンプマンに、もっと親しみやすく、その名前を聞いただけでキャラクターがイメージ出来るようなネーミングをつけたいと考えていたという。
出典:復活、任天堂 米国で「マリオ」誕生の舞台裏|NIKKEI STYLE(キャリアコラム,丹羽政善)
むむ、マリオなのに
“セガ”リとな……!?
よーし、戦争だ! (そこじゃない)

ということで今回は、誰もが知ってる世界的スーパースター・任天堂の「マリオの名前の由来」をめぐる嘘と真実のお話です。
◆セガリにまつわる誤伝◆ さて、このマリオ・セガリ(Mario Segali)という名前なんですが、マリオファンなら耳にしたことがあるかと問われれば確実に「YES」なのです。しかし、まさか日経系列のまっとうな媒体で、しかもNOAのジェームス氏の証言ということで、この名前が出て来るなんて正直、面食らっちゃいましたよ……。
なぜならこの名前は1993年に発行されたDavid Sheff著「ゲームーオーバー」がやらかした
スペル間違いなのですから!

もはやご存知の方も多いと思いますが、マリオの由来となったことで有名なイタリア系アメリカ人紳士の名前は
マリオ・セガールといって、NOAオフィスのあるシアトル近郊の不動産事業を展開していた人物です。NOAは彼の所有する倉庫のひとつ
(※)を借りていたのでした。つまり彼は初期NOAにとっては頭の上がらないオーナー様だったのです。
※オフィスビル、あるいは、倉庫のなかにオフィスがあったと伝えるメディアもあります。 ところがこの書籍、石原慎太郎氏が太鼓判を押していたにもかかわらず、Segal
eと綴るところをSegal
iと表記してしまいました。これは翻訳段階のミスではなく、原文がすでにそうなっていたのです。したがってコアな任天堂ファンほど
マリオ・セガリという実在しない人物のことを知っているという、奇妙な現象が世界各地で見られたのでした。つまりNikkei Styleの、この問いかけは非常にシニカルな響きをまとっていたわけであります。
※原文(Google Book) ただし、そんなことはもう過去の話です。幸いにも現在、セガリ呼びしているメディアはほとんど見られません。2018年10月に氏が亡くなられたときも、確認しうる全てのメディアがマリオ・セガール(Mario Segale)と正しい表記をしていました。だとしたら余計にNikkei Styleのセガリ呼びが不思議でならないのですよ。しかも直接インタビューしているのにも関わらずですからね。ドン・ジェームス氏の発音があまりにも流暢で聞き取れなかったのか、それとも後日「ゲームオーバー」を参考にして書き直してしまったのか……。妄想が止まらなくなってしまいました。(笑)
よーし、こうなったら、マリオ・セガール氏について調べてみようじゃないか。それはほんの軽い気持ちだったんです。まさかこれほどまでに「マリオの名前の由来」周りには
嘘と真実が入り乱れていたなんて、このときは思いもよりませんでした。
◆「怒鳴り込み説」と「似てた説」◆ マリオ・セガール氏に際して、ファンの間でもっとも語られているエピソードといえば、会議中に怒鳴り込んで来たという武勇伝ですよね。その出典となっているのが他でもないこの書籍「ゲームオーバー」なのです。該当箇所を引いてみましょう。
そして次に、赤い帽子をかぶった小ぶとりの大工を何と呼ぶかについて協議しているとき、ドアでノックの音がした。荒川がそれに応えた。ドアの外に立っていたのは倉庫のオーナーだった。彼はスタッフ一同の前で、家賃の払いが遅れているといって荒川を怒鳴りつけた。荒川は狼狽し、すぐ納めますからと約束してオーナーにお帰り願った。そのオーナーの名前はマリオ・セガリだった。“マリオ”でいこうと全会一致で決まった。“スーパーマリオ”だ。(P110)
よくできた話です……。
でも何か物足りないと思いませんか?
そうなんです。世間でよく語られている、あの
「容姿がマリオに似ていた」という重要な描写が欠けているのです。この話は“主人公の名前を決める会議にたまたま怒鳴り込んで来た人間がたまたまその主人公に似ていた”という
奇跡的なアクシデントが起こったからこそジョークとして成立してるわけでしょ。ハッキリ言いましょう。私はこのマリオ命名エピソードに対しては懐疑的なんですよ。どうも話が出来すぎていてね……。
※マリオ・セガール氏(出典:Wikipedia) 例を見てみましょう。以下はマリオ・セガール氏が亡くなったときの2018年11月2日付のGigazineの記述です。
1981年、セガールさんは自身の会社が所有していたタックウィラの倉庫を任天堂のアメリカ法人であるNintendo of Americaに賃貸していたそうです。その時、マリオの生みの親である宮本茂さんはゲーム「ドンキーコング」用に主人公となるキャラクターを作成しており、当初は主人公を「ジャンプマン」、ヒロインを「ガールフレンドレディ」と呼んでいました。しかし、任天堂はこの呼び方を気に入っておらず、何か適した名前をつけたいと考えていたそうです。その時、当時のNintendo of Americaで働いていた荒川實さんが、賃貸主のセガールさんとジャンプマンの間に物理的な類似点があることに気づき、ジャンプマンの名前を「マリオ」に変更することが決まったとのこと。
物理的な類似点なんていう小難しい言い回しが使われてますけど、要するに「似てた」ってことですよね。このように、いつしかマリオ命名エピソードには
「怒鳴り込み説」と「似てた説」が添えられて語られるようになっていきました。牛丼でいえば、お新香と味噌汁みたいなもんです。
※イメージ図 ちなみに、この記事の元ネタになったであろう
kotaku.comの記事にはそのような添え物は見られませんでした。
◆各社によるセガール氏の訃報◆ 他のメディアの記述も見てみましょう。
マリオの名前の由来については、マリオ・セガールさんだと言われていたものの、公式な発表は今までなかった。1980年代当時、マリオさんに事務所費を滞納してしまい、代わりにキャラクターの名前にしたとか、マリオさんの風貌に似ていたからだとかいう噂がファンの間では語られていた。
アメリカのリベラル系メディアのハフポスト日本版の 2018年11月3日付の訃報です。この記事では「怒鳴り込み説」と「似てた説」の2点が噂として紹介されていました。
ただし、記事中にリンクのある2018年11月2日付の
BBCの訃報と、1993年6月17日付の
Seattle Timesのインタビュー記事
(※)や、リンクはありませんでしたが
本家ハフポスの記事には、そのような噂についての言及は一切ありませんでした。しかしながら、そのさらに元ネタとなっている
Auburn Reporterの記事まで掘っていくと、そこには「怒鳴り込み説」が紹介されてたのです。
※このSeattle Timesの記事は、注目されるのが嫌いで沈黙を貫いていたマリオ・セガール氏が、マリオについて言及した唯一のインタビュー記事だと言われています。 ちなみにこのハフポスト日本版は「公式な発表は今までなかった」と大嘘こいてますが、ひとまずスルーしておきます。つづいてこちら。
マリオの名前が採用された理由は諸説伝えられている。曰く、当時のNOAの社長であった荒川實氏が、『ドンキーコング』の主人公の見た目とSegale氏が似ていることに気が付き、主役に名前を欲しがっていた宮本茂氏に伝えたという説がある。あるいは、まだヒット作のないNOAは家賃が払えず、怒鳴り込んできたSegale氏をなだめるため氏の名前をキャラクターに付けたとも言われている。もしかしたらその両方なのかもしれないし、まったく別の理由なのかもしれない。
ゲームメディアである電ファミの2018年11月2日付の訃報です。こちらも2つの説を噂として紹介していますねえ。
なぜか知りませんが、上記ハフポストの記事とこの電ファミの記事は構成がよく似ており、2015年に宮本茂氏がこの噂について笑顔でうなずいたことに言及しているところまで同じなのですが、記事にもある通り、あくまでも宮本氏が肯定したのは「マリオの由来がセガール氏である」という質問に対してのみなんですね。宮本氏は
「怒鳴り込み説」と「似てた説」の2点については肯定も否定もしてないという事実を、私からも強調しておきましょう。
出典:Mario Myths with Mr Miyamoto - YouTube(0:03~) 先に進みます。つづいてこちら。
80年代にシアトル郊外にあった倉庫を任天堂の現地法人に貸したのがきっかけ。同社の開発チームが人気ゲーム「ドンキーコング」シリーズに出てくる赤い帽子をかぶったキャラクターのネーミングに悩んでいたところ、家賃滞納の文句を言いに来たセガールさんが現れ、使用されたという。
朝日新聞デジタルは「怒鳴り込み説」のみを採用していました。「ゲームーオーバー」と同じ体裁ですね。
その他、
ギズモード・ジャパン、
Game*Spark、
日本経済新聞社、
NHK(アーカイブ)はいずれもセガール表記であり、「怒鳴り込み説」も「似てた説」も唱えることなく、彼が由来になったことだけを紹介していました。う~ん。堅実。
◆公式見解の遍歴◆ 上でマリオの由来がマリオ・セガール氏であることが公式認定されたのは2015年になってからというハフポスト日本版の記述を紹介しましたが、実は「オーナー似てた説」についてはとっくに公式見解が活字となっております。たとえば宮本茂氏は「Nintendo DREAM」2010年1月号のインタビュー記事において以下のように語っていました。
最初に言い出したのは、NOAのスタッフなのか、NOAに行っていた日本の社員なのかはわからないんですけど、アメリカにマリオという人がいて、その人の名前から付けたんです。たしか、借りていた倉庫のオーナーがマリオさんで、それで、ボクが決めるより先にみんなが「マリオ」って呼んでいるのを聞いて、「それでいいんじゃないの」って。もともとイタリア人だと思って描いていましたから、イタリアにはマリオなんちゃらさんていう名前のデザイナーが多いので、「マリオ」って聞いても違和感が無かったんですよ。
多くの文献で最初に言いだしたのは元NOA社長の荒川氏ということになっているのですが、「NOAのスタッフなのか日本の社員なのか」と言ったり、セガール氏のことを「たしか、借りていた倉庫のオーナー」と言ったり、かなり
記憶があいまいな感じで語っておられるのが印象的です。どうも宮本氏は「マリオの名前の由来」については、あまり思い入れがないようなんですよね……。詳しくは後述しますので、先に進みましょう。
※「Nintendo DREAM」2010年1月号の誌面(提供:ナポりたん) そんな「Nintendo DREAM」よりも前に「似てた説」を唱えた媒体がありました。NPO法人全国不登校新聞社「不登校新聞」です。
取材にこたえてくれるのは広報課の課長さん。(中略) さて、マリオのプロフィール。本名は「マリオ」、名字はない。由来はある倉庫の大家マリオ・セガール(イタリア系アメリカ人)さんに檄似だったため、命名された。名前がなかったころは、あらゆるゲームに登場させようとしていたため「ミスタービデオゲーム」「ジャンプマン」などと、制作者たちは呼んでいた。
この記事は2004年12月1日Fonte
(※)掲載とあることから、「Nintendo DREAM」よりも6年ほど先んじていたことになります。
※Fonteは2004年~16年まで採用されていた不登校新聞の名称。
※不登校新聞スクリーンショット ところで、任天堂は「あることないこと捏造されるから」という理由で日本のマスコミを嫌っていると、昔からファンの間で言われているのですが、例外があって、そのひとつが子ども向けメディアなんですよね。したがってこの不登校新聞の記事の信憑性は高いのです。それどころか「マリオ・セガール」というフルネームを出している点においては
大金星でした。もしかしたら正式にこの名前を出した初の媒体かもしれません。
ただし、ただ単にマリオの名前の由来ということならば、少々訳アリではありますが、畏れ多くも由緒正しき任天堂公式オンラインマガジンであらせられる「N.O.M」1999年8月号に掲載されたマリオの履歴書が、さらに5年ほど先んじております。

そんな彼に名前がついたのは、アメリカでのこと。『ドンキーコング』がNOA(Nintendo of America)に持ち込まれたときのことだ。NOAのスタッフたちが、そのゲームの主人公であった名無しの彼を「マリオ」と呼んだのだという。なぜなら、彼はNOAの倉庫係のオジサンにそっくりだったというのだ。そんで、そのオジサンの名前がマリオだったんだってー。こんなオジサン働いていそうだよね。イタリア系だったのかな、やっぱり。
えっ、倉庫係のおじさん!?
そうなんです。どういうわけだが任天堂公認のオンラインマガジンには
「倉庫係のおじさん説」という、今では誰一人として唱えていない説が掲げられているのですよ。もしかしたら当時、
マリオ・セガール氏とは別人物で、『ドンキーコング』の主人公そっくりの別のマリオなんちゃらさんが本当にNOAの倉庫で働いていたかもしれませんが、もっと現実的な可能性を挙げるとしたら、想起されるのは冒頭で紹介したドン・ジェームス氏の存在です。
世界最大規模のビデオゲームデータベース
MobyGamesによると、彼は1981年にwarehouse managerとしてNOAへ入社したとあります。warehouse managerというのは日本語に訳すと「倉庫係」になるんですよ。しかも彼は若かりし頃、口ひげを生やしておりました。
(※参照)そのため、マリオ命名エピソードが日本へ伝わる際に「セガール氏とジェームス氏の混同」が起こっていたとしても不思議ではありません。
そして、書籍では「The 64DREAM」1997年8月号が、さらに2年ほど先んじていました。「教えて本郷さん 任天堂の質問箱」という人気コーナーです。
提供:ナポりたん 任天堂の元広報担当の本郷好尾氏が述べたところによると、マリオの名前の由来は「アメリカ任天堂がかつて入居していた倉庫事務所の管理人がマリオにそっくりだったから」とのこと。まさかの こちらは
「倉庫事務所の管理人説」が浮上です。管理人ということですから、役職で言うと「倉庫係よりも上でオーナーより下」といったところでしょうか……。
◆最古の公式見解か!?◆ 活字ではなく映像ならば、実はそれよりもはるかに古い公式見解が存在します。1986年4月5日に放送されたテレビ番組『ファミン子全員集合』です。「マリオのパパを捜せ!」というコーナーに任天堂の三木研次氏が出演しており、そこで彼が
マリオの名前の由来について語っているのでした。
それだけではありません。2012年に何者かによって突如その動画がアップされ、なんと我がブログも紹介記事を書いていたのです……。
出典:任天堂本社に突撃「マリオのパパを捜せ」登場した意外な人物とは!? それなのにですよ。どういうわけだか私は得意げにブログで紹介していたのにも関わらず、この番組の内容をまったく憶えておらず、記録も残してなかったため、動画が削除されてしまった今、三木氏がマリオの名前の由来について何を語ったのか。
恥ずかしながらまったく不明なのであります!
もし1986年4月5日時点で三木氏がマリオ・セガール氏について語っておられたとしたら、これが最古の「倉庫オーナー説」に関する公式見解となるでしょう。ましてや「怒鳴り込み説」や「似てた説」にも言及されていたとしたら……。
※かろうじて三木氏が語っている画像だけ、海外のwikiに残っていた(出典:Kenji Miki | Nintendo | Fandom) あ~あ、「ファミン子全員集合」が見た過ぎて、ぜんぜん仕事に行きたくありません!(それは元からだろ)
追記:
マリオの名前の由来について最古の公式見解フィルムが発掘される!!(解説あり◆公式以外の資料&諸説◆ では、さいごのまとめに入る前に、公式以外の文献を駆け足で紹介しておきましょう。2000年に発行された滝田誠一郎著『ゲーム大国ニッポン 神々の興亡』を見てみましょう。

ネーミング会議は、アメリカ任天堂が借りていた倉庫の片隅で行われた。と、そのとき、倉庫のオーナーが怒鳴り込んできた。倉庫の賃貸料の支払いが遅れていたからだ。
「そのオーナーの顔が『ドンキー・コング』の主人公そっくりだったんです」
倉庫のオーナーの名はマリオ・セガリ。彼が怒鳴り込んできたその瞬間、のちに世界中の子どもたちに広く親しまれることになるキャラクターの名前が「マリオ」に決まった。(P116)
これぞ、マリオ由来エピソードのお手本といった感じの、見事な「怒鳴り込み説」と「似てた説」のセットですねえ。
つづいて「電撃ゲームキューブ」2002年9月号です。
提供:ナポりたん ほう、
「ビルの管理人説」と来ましたか……。
さいごに1993年11月に発行された「スーパーマリオ超ワザ全集」です。

こちらの書籍は、私が知る限り
「似てた説」が活字化されている最古の例でした。ただしマリオの名前の由来となった人物は、NOAの「倉庫のオーナー」でも「倉庫係のおじさん」でもなく、はたまた「ビルの管理人」でも「倉庫事務所の管理人」でもありませんでした。
こちら。
知り合いのイタリア人説! マリオの由来になった人物って何人いるんだよ……。
🐍🐍🐍
つづいて諸説に参ります。実はマリオの名前の由来については、マリオ・セガール周りの説のほかに、様々な説が浮かんでは消えて行きました。たとえば竹熊健太郎氏が推していた「恐怖の報酬説」です。
どうやら、これは違ったようですねえ。
その他の説としては、マリオネット人形のように主人公を自由に動かせるゲームということで唱えられた
「マリオネット説」や、ワシントン州レドモンドにあった『マリオ&ルイージ』というピザ屋からとったという
「ピザ屋説」がありましたが、この2つに関しては掘っても何も出て来ませんでした。徳川埋蔵金かよ。(笑)
◆まさに“ドン”でん返し◆ さて、キリがありませんので、そろそろまとめます。マリオの名前の由来に関する資料を時系列に並べてみました。
※なお「ファミン子全員集合」における三木氏の言及内容についての詳細は不明 今回は公式見解と思われるものを中心に調べており、その他の文献についてほとんど手つかずなので、あくまでも暫定ということで生暖かく眺めていただければと存じます。
では、これを踏まえまして、核心に迫りましょう。話は冒頭にて紹介させてもらった「Nikkei Style」のインタビュー記事に戻ります。なぜ戻るのかと申しますと、実はここでNOA創業メンバーであるドン・ジェームス氏が、この表に挙げたような
世の中の関係資料を全てひっくり返すほどの証言をしていたからなんですよ。そもそも今回、私が「マリオの名前の由来」なんていう、もはや誰もが知っていて、とくに目新しくもない、手垢まみれのネタを血眼になって調べているのは、すべてこの発言のせいなのであります。
こちら。
「確かに、髭を生やしていた。イタリア人という設定も同じだ。でも実は、ほとんど誰もセガリさんの姿を見たことはないんだ」会ったこともなかったのかと問うと、「そう、ほとんど誰も。そのミステリアスな存在が面白くて、ジャンプマンにマリオと名付けたんだ」
モデルとなったのは確かだが、決して似ているわけではなく、あくまでもルーツ。ただ、それをそのままキャラクターの名前にしてしまうところに彼らの遊び心が伺える。
まさに、“ドン”でん返し!
なんと、ジェームス氏は
「似てる説」を全否定してみせたのです。私はこの発言に長年のモヤモヤが晴れた気がしました。やっぱり「主人公の名前を決める会議にたまたま怒鳴り込んできたオーナーがたまたまその主人公のに似てた」なんて、あまりにも出来すぎたエピソードでしたよ。しかも、ほとんど誰も会ったことがないという話が本当なら「怒鳴り込み説」のほうも怪しくなってきます。会議には荒川氏以外の社員も当然、出席していたはずですからね。いや、もっと核心的なことを言いましょうか……。
そもそも会議中に部外者なんか入って来ないっしょ!(笑)
任天堂が何度も公式見解を示しているじゃないか、という反論もあるでしょうが、よく思い出してみて下さい。宮本氏、及び、任天堂の公式見解が「怒鳴り込み説」を認めたことは一度もないのです。
◆根本的な視点◆ どうやら私は、世の中に伝聞されている「マリオの命名エピソード」に対してもつべき、
根本的な視点を欠落させていたようです。
※ファミコン版『ドンキーコング』のパッケージ 何度も言うように『ドンキーコング』の主人公には、もともと正式な名前がつけられておりませんでした。それが何を意味するのかというと、この頃の
宮本氏のゲーム哲学は“主人公のキャラクター設定”を重視していなかったということです。だから宮本氏は、海の向こうのメンバーによって「販売活動する上で必要だった」というビジネス的な都合で名付けられた過ぎない、このマリオという名前をすんなりと受け入れたんでしょう。また、それをヨシとする環境がそこにありました。
つまり、我々が思っているよりもずっと、任天堂はマリオの名前の由来について無頓着だったのです。そうでなければ、公式オンラインマガジンN.O.Mで「倉庫のおじさん説」などという今では完全に否定されている説を掲げたでしょうか。そうでなければ、宮本氏が「Nintendo DREAM」で命名エピソードを語ったときの
「記憶のあいまいっぷり」は、いったい何だったのでしょう?
🐍🐍🐍
以上の考察を踏まえまして、私の考える「マリオの名前の由来」の真相はこうです。
マリオ・セガール氏の名前から取ったのは本当。
でも彼は特段マリオに似てなかったし……、
そもそも会議中に怒鳴り込んでも来なかった。
|  | 皆さんはどう思いますか? |
|
調査協力:日本ビデオゲーム考古学会
2021/3/16 資料を3冊追記◆情報募集◆ 本件はバリバリ調査中につき、情報をドシドシ募集しまくっています。とくに1986年4月5日に放送されたテレビ番組
『ファミン子全員集合』については見た過ぎて夜も眠れません。そこで、もし『ファミン子全員集合』の映像を持っているよという方、あるいは三木氏が何を語ったのか知っているよという方がおられましたら、是非、教えていただきたいのです。
こちらの記事のコメント欄、もしくは
情報提供窓口、あるいは我が
Twitterアカウントまで、よろしくお願いします!
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