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『マインドシーカー』3つの大嘘 ※本作はナムコが突然“超能力ブーム”に便乗してつくったただのバカゲーではありません

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◆定着した後世のイメージ◆

 1989年4月18日にリリースされた本作『マインドシーカー』の評価について。

 雑誌、書籍、WEB、生の声などいわゆる“後世のイメージ”を調査すると、どうも「ナムコが突然“超能力ブーム”に便乗してつくったただのバカゲー」という認識が一般的にひろく定着しているようである。

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70年代~80年代に、ユリ・ゲラーなどが注目されることで起きた「超能力ブーム」を受け、超能力少年→青年としてメディアで知られていた「エスパー清田(本作中では「エスパーキヨタ」表記)」こと清田益章氏監修で作られた超能力開発ソフト。
メーカーの技術的未熟さや演出面での過剰、画期的過ぎたゲームシステム等から伴う、操作性およびゲームテンポの悪さや理不尽な事などでバカゲーといわれるようになったゲーム=クソゲーのマイナス要因を、批判するのではなく別の視点から捉えて楽しもうという意図があるとされる。『建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!!』、『シャドウゲイト』、『マインドシーカー』、『美食戦隊薔薇野郎』などが例として挙げられることが多い。

 ネット集合知「ゲームカタログ@Wiki」や「Wikipedia」もそのように説明していた。

 かくゆう私も本作に対しては、アーケード時代から活躍する老舗にして初期ファミコンを支えた王道ゲームメーカーであり、パックマン、ギャラガ、ゼビウスなど、数々の名作を世に送り出したエリート集団であるはずのナムコが、なぜ突然こんなイカれたゲームを出したんだろう......。そう思っていたことを白状しておこうではないか。

 しかしそのような後世のイメージには3つの大嘘が潜んでいたのだ。今からそれをひとつずつ解き明かしていこう。




◆ただのバカゲー!?◆

 まずは多くのひとが誤解しているこれである。

1.ただのバカゲーという大嘘。


 昔からバカゲーネタゲーの類、あるいは「ただの運ゲー」という厳しい評価をされてきた本作であるが、2004年11月にmixiの『マインドシーカー』コミュニティにプロデューサーの鈴木浩司(ひろし)が降臨。本作のシステムについて語ったことがあった。

 以下引用。

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 マインドシーカーは当時アメリカのデューク大学等の超心理学科が実際に実験に使っていたシステムを応用しています。念力に関してはキー入力により1か0かをどちらかに優位に偏らせられたかによって判定してました。予知に関してはキー入力後に乱数を発生させて位置を決定させることにより、未来時間の予知を測定させました。透視に関しては、透視すべきパターンを事前に表示しレイヤーを重ねて実際に隠すことによって透視測定をしています。呼吸法に関しては清田が実際にメソッドとしてやっているもののシュミレーションです。

 なんと、本作はアメリカの大学が実際に行っていた超心理学という「超能力などの超常現象を心理学の立場から研究しようという真面目な学問」の実験システムを採用していたとのことなのだ。超心理学という言葉自体は説明書にも出てくるがここまで具体的な解説はなかったのである。

 鈴木の説明によると念力、予知、投資、呼吸法(トリップ?)パートをそれぞれこだわりをもって作っていたらしく、とくに透視は「透視すべきパターンを事前に表示しレイヤーを重ねて実際に隠すことによって透視測定をしていた」という手の込んだことをしていたとのこと。

 これらの証言は有志たちによって解析されたデータと合致したのだった。

 本来私が企画していたシステムは脳波測定器を外部入力装置として使用する構想だったのですが、開発コストの関係で実現できませんでした。

 さらに「脳波コントローラ」などという、とんでもないものをファミコンで実装しようとしていたなんていう話も飛び出している。コントローラマニアとしてはこの話だけでもメシが3杯いけるではないか!

 いわゆるバグチェックの為のデバッグはナムコのモニターチームがやりましたが、当然清田にプレしてもらってのチューニングはしましたよ。彼の場合は、当時ドラクエなどをプレイしていても、突然レベルが99になってしまったり、戦闘シーンで負けそうになると、画面が落ちたりという現象が起こってしまうので、通常言われるモニター作業のチューニングやバランス調整的な参加の仕方ではありませんでしたが。

 しかもエスパー清田がファミコンをやると怪奇現象が起こるなんていう面白エピソードも披露。もしかして清田くんってスライダー体質!?

 以上の証言から本作はただのバカゲーなどではなく真剣につくられたガチの超能力開発ソフトだったことが言えるだろう。大真面目にファミコンで超能力を養成しようとしたトレーニングソフトのマジなやつだったのである。

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出典:ファミコン通信1989年2月17日号、ファミコン必勝本1989年4月21日号、ファミマガ1989年4月21日号(提供:ナポりたん@naporitanPG

 それは当時、本作を紹介したファミコン雑誌の記事を見ても明らかだ。

 ファミコン通信、ファミコン必勝本、ファミリーコンピュータMagazine、いずれの記事を読み返してみても本作を何の疑いもなく「超能力開発ソフト」として紹介しており、内容を茶化したりジョークソフトのような扱いをしている気配は微塵もない。それが何を意味するのかというと、本作はメーカー側もガチ、メディア側もガチという1980年代の時代性、社会倫理、流通事情、様々なファクターが嚙み合っていたからこそ生まれたゲームの歴史のなかでも類を見ない唯一無二の“ガチな超能力開発ソフトだった”ということなるのである。

 もちろん、評価というものはいくら作り手の意識が高かったからといって「はいそうですか」と見直されるものではないのだが、だったら尚更のこと、そんな『マインドシーカー』の本質を1mmも理解しようとせず、ただただ頭ごなしにバカゲー扱いするような所業こそ愚劣の極みだと指摘せざるを得ない。




◆超能力ブームに便乗!?◆

 お次はこれ。

2.超能力ブームに便乗したという大嘘。


 そもそも日本における超能力ブームは1974年3月のユリ・ゲラーの来日がきっかけで起こったものであって本作がリリースされた1989年4月とは、なんと15年もの開きがあるのだ。どんなに長いブームでも15年も続くわけがないし、仮に15年続いたとしたらそれはもはやブームとは言えないだろう。

 御多分に漏れずこのときの超能力ブームも子どもたちを中心に爆発的な広がりを見せたものの、すぐに新聞や雑誌などから懐疑の声が上がり、およそ3か月程度で沈静化しているのだ。ちなみに私オロチはまだ生まれてすらいない。



 ただしそれは「オカルトブーム」という巨大ムーブメントの序章ではあったのだった。

 その後1970年代半ばから1990年代半ばにかけて心霊写真、霊能者、怪談、都市伝説(口裂け女、人面犬)、魔の三角形、ピラミッドパワー、失われた大陸、ノストラダムスの大予言、未確認生物(ネッシー、イエティ)、UFO、宇宙人、ミステリーサークル、超古代文明などを特集したオカルト番組が毎日のように、日本のお茶の間で流れるようになったのは皆さんもご存知の通りである。したがって正確に言うならば超能力は単体のブームこそ収まったものの、数あるオカルト部門のひとつとして生きながらえていたというべきであろう。

 1980年代に入ると、かつてユリ・ゲラーの影響で日本中に誕生した超能力少年少女たちの多くは、インチキだったことが発覚してテレビから姿を消していた。そのなかで生き残った数少ない本物の超能力者とされたのが『マインドシーカー』の監修を行ったエスパー清田こと清田益章(ますあき)だったというわけだ。



 しかしそんな清田も1984年2月3日に放送されたテレビ番組『金曜ファミリーワイド』で不正をあばかれ「テレビ局からのプレッシャーのせいでついインチキしてしまった」と苦しい言い訳をしている。彼はそれでも自分が超能力者であることに変わらないと主張したが、それ以来、風当たりが強くなったのは言うまでもなく、これが『マインドシーカー』発売より5年も前の出来事なのだ。

 本作の開発が始まった時期は定かではないが、初めてファミコン雑誌に登場したのは発売日よりおよそ7ヶ月前。ファミリーコンピュータMagazine1988年9月16日号であった。

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 出典:ファミリーコンピュータMagazine1988年9月16日号

 このときは「超能力ピープル」という仮称タイトルで開発中のゲーム画面と共に紹介されている。

 ときを同じくして芸能界では超能力界を揺るがす重要人物が誕生しようとしていた。ハンドパワーでお馴染みのMr.マリックである。彼が日本テレビ系「11PM」でTV初登場を果たしたのも1988年だったのだ。翌年2月からはMr.マリック単独の特番が始まっている。御存知の通り彼はマジシャンなのだが「超魔術」の使い手という売り出し方をされていたため当時小学生として洟(はな)を垂らしていた私を含めMr.マリックのことを本物の魔術師だと思っていたキッズは多かったことだろう。案の定、彼はすぐさま時代の寵児となり空前の「超魔術ブーム」が到来することになるのだった。



 80年代後半に第2次超能力ブームが起こっていた可能性を探るため様々な文献をあたったが何も見つけられず、それどころか本作がリリースされた1989年4月頃は超魔術ブームの真っ只中。ただでさえ下火だった超能力人気が「超魔術ブーム」に完全に飲み込まれてしまい、結局『マインドシーカー』は発売後すぐにワゴンへセールの常連となってしまったのであった。(それだけが原因ではないかもしれないが)

 本当にブームに便乗したのならせめて売れていてほしかったものである。

 以上の考証から私は「ナムコが超能力ブームに便乗した」という事実はありえないという結論に達したのだ。それどころかそのような表現はナムコに対して極めて無礼な物言いになってしまっていることを自覚しなければなるまい。




◆ナムコが突然つくった!?◆

 そして最後にして「最大の大嘘」はこれだ。

3.ナムコが突然つくったという大嘘。


 そもそも便乗するブーム自体がなかったのだとしたら、なぜナムコは超能力育成ソフトなんていう異色ファミコンソフトをつくったのだろうか。その答えは弊ブログ記事「NG」トガリまくった世界を読んでいただいた皆さんなら説明するまでもないだろう。ナムコは設立当初からエンターテイメント業界を「情緒産業」と位置づけ、やがて宗教産業を目指すようになるような企業だったのだ。(バンダイとの合併でそれは実現しなかった)

 また、広報誌NGが一時期やたらとスピリチュアル臭が漂っていたのも無関係ではない。ナムコは元来そっち側なのである。

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出典:「NG」1987年7月号 ※スピリチュアル臭全開の日本神話コラム

 かつて『マインドシーカー』のプロデューサー鈴木浩司が電ファミニコゲーマーの対談記事にて語ったところによると、本作は別の小さな会社によってナムコへ持ち込まれた企画だったとのことなので生粋なナムコ作品とは言えないかもしれないが、少なくともナムコにはそのような企画が受け入れる土壌があったということだけは確かであろう。

 広報誌「NG」にその証拠ともいえる連載が見つかった。それは『マインドシーカー』に先駆けること2年前の1987年5月号~9月号にかけて連載されていたその名も「超能力講座」である。まさかこんなストレートな企画をやっていたとは!

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出典:1987年5月号
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出典:1987年6月号

 内容はそもそも超能力とは何かという話から、テレパシー(脳波)についての解説など、NGのおちゃらけたイメージとは裏腹に真面目なものだったのだ。この姿勢が逆にナムコの本気を感じるではないか。

 また、誌面を通じた透視実験。本物の超能力者の募集なども行っていたようである。

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出典:1987年8月号
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出典:1987年8月号

 第4回目では透視を成功させた自称・超能力者の新潟の某君へインタビューが掲載されていた。彼は「科学の進歩によって人間が本来持っていた超能力が衰えている」と力説。※ちなみに超能力講座は次の第5回で何の前触れもなく連載がストップした。

 驚くべきは『マインドシーカー』で監修を務めたエスパー清田も同じような持論の持ち主だったということであろう。

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 超能力というものは決して特定の人間だけが持つことのできる特殊な能力ではなく超能力に対する意識にめざめ、それを身につけようと努力することによって、誰でも使うことができるようになるものだ。(中略)
 人間が子供から大人へと成長していくに従い、また、社会が原始社会から現代社会へと発展していくに従い、知識の蓄積がジャマをして、逆にマインドパワーが発揮できなくなってしまう……。マインドシーカーは精神的に肥満児となってしまった現代人に、精神を鍛えるチャンスを与えるソフトで(以下略)
出典:ファミマガ1989年4月21日号(提供:ナポりたん@naporitanPG

 清田は『マインドシーカー』発売直前の1989年3月22日にナムコ本社で行われた記者会見にて「超能力は特定の人間だけが持つことのできる特殊な能力ではない」と熱弁。実は本作付属の説明書にも同じようなことは記されているのだが、記者会見ではその原因を科学の進歩や文明社会の発展にもとめる反科学・反文明思想が展開されたのだった。

 また、清田は2006年に大麻取締法違反容疑で逮捕されており、そのときの裁判でも「消費社会を考え直し」「自然の中で学べる場所」「メディテーション!瞑想ですけども」などと証言している。()

NG198512漫画が予言しちゃう
 出典:「NG」1985年12月号 たまたま内容が似ている漫画を未来予知に仕立てる編集部

 マスコミは清田のこれらの発言を「ぶっとび弁論」などと揶揄したが、同じような反科学・反文明思想をかつてナムコはNG編集部を通じて「WHAT'S NAMCO」「龍馬くん」のコラムで主張しており、また一時期「瞑想マシーン」なるスピリチュアルグッズを開発していた(未発売)ことも発覚している。もはやナムコと清田との親和性の高さは疑いようのない事実なのだ。

 したがって後世の多くの『マインドシーカー』評には、このような視点が致命的なまでに欠落していると指摘せざるを得ない。ナムコが本作をつくったのは「突然」ではなく、むしろ「必然」だったのである。





◆余談◆

 なお、清田は「NG」1988年9月号にインタビュー記事に出演している。

NG198809.png
出典:NG1988年9月号

 1988年9月といえば本作が「超能力ピープル」という仮称でファミコン雑誌に露出した時期と一致するのだが、残念ながらインタビューの内容に『マインドシーカー』のことはまったく触れられてない。それどころか彼はインタビューのなかで「これからはバンド活動をする」と苦笑を禁じ得ない発言をしており、実際に1990年4月10日フルアルバムをリリース。

 そのタイトルはズバリ「さよなら神様」であった。



 このアルバムに対して後世の音楽ファンの評価は「よくできた80年代ロック」と意外にも高い。ただしセールスに結びつくことはなかったという。




◆皆さんへ楽しい超能力生活を◆

 話が少々脱線したところでそろそろまとめに入ろう。ここまでなんやかんや述べてきたわけであるが、私が『マインドシーカー』の後世のイメージについて指摘したいことを要約すると以下の3点である。

 1.実はけっこう真面目につくっていた。
 2.1980年代後半に超能力ブームは起きていない。
 3.むしろナムコは元々そっち側に理解があった。

 本作について誤解あろうがなかろうが、これからはこの3点を考慮しつつ『マインドシーカー』をガチの超能力養成ソフトとして楽しんでいただければと思う所存だ。いつか皆さんにも素晴らしい超能力が目覚めることを祈って!



orotima-ku1.pngプロデューサーの鈴木さんに開発話を聞いてみたいなあ。

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コメント

当方ファミコン世代ですが記事内容に全面的に同意ですね。
まあ面白おかしくネタにできれは何でもいいという人にとっては「ナムコが超能力ブームに便乗してテキトーに作った手抜きのバカゲー」の方が都合がいいんでしょうけど。
ついでに突っ込むと引用されているWikipediaのバカゲーの解説自体も「は?」って感じですね。美食戦隊薔薇野郎がバカゲーにカテゴライズされる点だけは同意しますが。

当時から的が外れていたゲームだったことが改めて振り返られたという

長かったので飛ばし飛ばし読みましたがここまで真面目にマインドシーカーを振り返る記事は初めてだったので感心しちゃいました。特に透視ゲームの「レイヤーを重ねてカードの図柄を隠していたので透視はできる」というような理屈で作っていたのは興味深かったです。(実際のところ最終的に出力されている絵にはまったく影響がないのでファミコンの内部処理レベルを透視しなければならないのですが)

マインドシーカーに関しては後世のイメージで誤解されてるというよりも、当時が超能力をネタ扱いされやすい時代だったっていうのがあると思うんですよね。
それこそ超魔術の方が流行ってる時期だったので、コントとかマンガとかでパロディされることも多く、いわばアンチ超能力ブームみたいな空気が90年代まで続いてた気がします。
超常現象はすべて科学で説明できる!みたいなのが増えてきた時期でもありますしね。

確かに当時のメディア的にネタ感は一切ありませんでしたね。
でもユーザー間では既に、超能力開発ソフトw
って感じはまん延してたと思いますがw

80年代後半から90年代頭は一応超能力ブームでいいのでは
コロコロでそれっぽい特集とかはやってましたよ(編集部から念波を全国に送って中身を当てさせるとか

本物のエスパーならクリアできる仕様なのであれば、
マインドシーカーとはボイジャーのゴールデンレコードのような、
未来に現れるであろう本物のエスパーへのメッセージなのかも知れない

11844 さん
ありがとうございます。Wikipediaの記述に関しては「※ただしWikipedia」という前提がないといけませんね。一定の信憑性はありますが。偏りやすいという一面もあります。

11845 さん
厳しい!

11846 さん
レイヤーを重ねる方法は興味深いですね。エスパーならデジタルのそういったところも透視できると思っていたのかもしれません。

11849 さん
大槻教授とかいましたね、1995年のサリン事件のあたりからオカルトブームが終わったと言われていますから。そのような流れになったのはもうちょい後かとは思いますけども。

11852 さん
ファミっ子たちは「?」でしたね。(笑)

11855 さん
そのような事例を集めたいので、いつごろの号だったか知りたいです。何をもってブームだったのかというのは判断がむつかしい問題ですが、ひとつの基準となるのは第1次ユリ・ゲラーブームですね。このときのような熱狂が80年代後半にも日本にあったならそれは確実に第2次ブームがあったと言えるでしょう。
でも私には確認できませんでしたので、そのような事例が多く見つかることで帰納法的に「ブームがあったかもしれない」という方向になるかもしれません。ただ、わたしの持論は本文にもあるとおり「超魔術ブームに飲み込まれていた」ですから、たとえブームがあったところで変わりません。

11856さん
ボイジャーのゴールデンレコードですかあ。
ロマンがありますねえ。もし清田氏が本物で、未来になんらかのメッセージを残していたとしたら、このテーマで小説が1本書けますね!!

思い起こせばナムコ社長直々に情緒産業って
おっしゃってましたなそういえば。
ガチな作りだったというのは本当に驚きです。

正直言うと、当時の人間としては超魔術ブームはあったけど超能力ブームはなかったと言われても、あまりピンとこないんですね。
超魔術って要は超能力っぽいことをトリックでスタイリッシュにやることだったんで、子供がマリックさんを真似してやるのは透視やスプーン曲げといった超能力ブームの時とあまり変わらないことだったんです。
超能力とはちょっと違うけど、近い時期にキョンシーブームとかもありましたし、オカルトっぽいものがかっこよくて面白いみたいな流れはあったと思います。
ただ、これらはあくまでショーやごっこ遊び的なものであって、70年代の時みたいに本気で自己開発とか精神的なものではなかった感じですね。
要は超能力ブームは来ていたけど、70年代のリバイバル的なものではなく違う形のブームだったってことですね。

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