◆本社で起こった小さな事件◆ 日本のマスコミの取材をむやみやたらに受けないことで有名な任天堂であるが、かつて
「スーパーマリオの謎」に迫るべく任天堂本社へ突撃。担当者から数々の公式回答を引き出すことに成功した勇気みなぎる新聞社があった。
その名は不登校新聞!

1998年に創刊された児童の不登校問題を取り扱う専門紙である。
そんな同紙が任天堂を取材したのは2004年10月。時期的にはDSが発売される2か月前のことだった。ご存知のとおりゲームキューブの不振にあえいでいた任天堂はその後DS、Wiiの連続コンボによって奇跡の大復活をとげるわけであるが、そのようなときに「マリオの謎」などという他愛もない取材を受けてくれたことは本当に幸運である。いや、偉業と言ってもいいかもしれない......。
応じてくれたのは
「広報課の課長さん」なる人物だった。いったいどんなやりとりが行われたのだろうか。実はこの記事は今でもWEB公開されているため誰でも簡単に読むことができるのだ。
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任天堂へ取材 「マリオのナゾにせまってみよう」
※実際のスクリーンショット ただし、スーパーマリオ研究史に残るとんでもない大金星をあげるチャンスだったのにもかかわらず、同紙は
4つの質問をわずか11行にまとめるという鬼のような編集手腕を発揮しており、その内容もツッコミどころ満載なのであった。
いったい、なぜなんだ!
読み進めてみるとその謎はすぐに解けたのだ。取材を担当した「広報課の課長さん」なる人物の回答が、ことごとく内情をぶっちゃけ過ぎているのである。これは、もはや事件といってもいいかもしれない。

ということで、今回は18年前に任天堂本社で起こった小さな小さな事件に焦点を当ててみたいと思う。
◆マリオとピーチの微妙な関係◆ とりあえず質疑応答をひとつずつ見ていくことにしよう。まずはこちらだ。
謎1
「なぜマリオは大工なのに、ピーチ姫を助けに行くのか?」
回答
「マリオの性格は、正義感が強い三枚目ということです」
ここで注目なのは「大工なのに」という言葉。
やや職業差別的なニュアンスを含んでいることは置いといてマリオの職歴について話をすると、マリオは当初大工という設定だったものの(
※)、ハリウッドで映画化された際に配管工とされたためそのイメージが定着。そのためコアなファンの間では
「マリオのことを配管工といってるやつはニワカ」なんていう風潮もあったのだが、なんと、2017年3月にオープンしたマリオの公式サイト
「マリオポータル」が配管工を認めてしまったため、現在は公式でも配管工ということになっているのだ。
出典:マリオポータル「キャラクター>マリオ」より まあ、職を転々としている人間なんて珍しくとも何ともないのでマリオが元大工の現役配管工だったとしても別に何の問題もないのだが、上述のような背景があったためにこの事実は界隈でセンセーショナルに受け止められたというわけである。
そして肝心のピーチを助ける理由であるが、この広報課長の回答は「正義感が強いから」というものだった。一方、上述のマリオポータルでは
「ピーチのことが大好き」と書いてある。個人的にはこちらが理由のほうがしっくりくるのだが......。

ネタバレになってしまうが、2017年10月27日に発売されたスイッチ版『スーパーマリオ オデッセイ』でマリオは、なんやかんやあってピーチ姫にプロポーズまでしているのだが、結局はなんやかんやあって何も進展はなかった。任天堂はまだ2人の微妙な関係性を維持させておきたいようだ。
ちなみにマリオにはポリーンという元カノがいる。その別れた原因について、かつて宮本茂は「任天堂公式ガイドブック ドンキーコング」内インタビューにて
「ピーチ姫に一目惚れしてしまったため彼女をフッたのではないか」というブラックジョークめいた見解を述べたことがあった。他の女に惚れてしまったため付き合っている彼女と別れるなんて、むしろ律儀で誠実な男ではないか......。
◆マリオシリーズの追放者◆ つづいてはこちらの質問。ここから広報課の課長さんが本領を発揮するぞ!
謎2
「マリオは自宅の城をワリオに奪われたことがあります。大工の城住まいは変なのでは?」
回答
「これは内部事情ですが、マリオをつくるチームとワリオをつくるチームがちがい、ズレが生まれてしまった。だから、マリオチームは『マリオは城を持ってない』と主張しています」
おいおい、これはちょっとぶっちゃけ過ぎだろう......。
どういうことかというと、マリオが城を奪われたという話はゲームボーイ版『スーパーマリオランド2』の設定なのだが、実はこの
ランドシリーズに宮本茂はかかわっていないのだ。それどころか、この広報課長が言うように、そもそもランドシリーズはマリオチームとまったく別のメンバーによって制作されたため
既存のシリーズと世界観が大きく異なってしまったのである。だからマリオが一国の主だったりするわけだ。

したがって、マリオチームがランドシリーズを認めてないなんてことはファンなら誰でも察してるのだけれど、公式回答がここまで堂々と表明しているケースは正直見たことがない。ただでさえお子さんが読むことの多い新聞だろうに、あんた鬼だよ!(笑)
主な違いを説明しよう。たとえば1作目『スーパーマリオランド』でマリオが救出するのはピーチ姫ではくデイジー姫で、戦うのはカメ軍団ではなくタタンガに操られた住人?なのかよくわからん軍団だ。
出典:『スーパーマリオランド』公式サイトより そのメンバーはパックンフラワー以外『スーパーマリオブラザーズ』と共通しておらず、その後のシリーズに顔を出したこともない。(たぶん)
一方、アイテムに目を向けるとフラワーを取ることによってマリオは、ファイアではなくスーパーボールという武器を獲得するのだが、これがなかなかの曲者で斜め45度の角度でまっすぐ発射され障害物にあたると反射してまっすぐ飛んでいく。しかも連射ができないなどファイアボールとはまったく違う挙動を見せるのだった。
だがそんなことよりも、もしランドシリーズに最大の罪科
(つみとが)なんてものが存在するならば、『1』のタタンガや『2』のワリオなど
「人型キャラクターを悪役として登場させたこと」ではあるまいか。以前
「なぜマリオの敵は動物なのか」というコラムで述べたように、マリオシリーズは今まで執拗なまでに動物たちと戦ってきたことで幼児性・寓話性を担保してきたのだ。詳しくはリンク先の記事に譲るとして、このような所業が深層心理的にファンたちの困惑につながっていたとしてもおかしくはないのである。
※宇宙怪人タタンガ。一応“人型”キャラクターではある。 なお、この宇宙怪人タタンガなるキャラクター。2018年12月7日に発売されたスイッチ版『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』にスピリットとして登場したものの、マリオシリーズにおける実態のあるキャラクターとしては30年以上、再登場を果たしていない。
◆「キノコ=アリス説」の真相◆ つづいてはこちら。
謎3
「なぜキノコを食べると大きくなるの?」
回答
「制作中にパグ(異常)が起き、急にマリオがちっちゃくなった。『おもしろいな』と思った制作者が『不思議の国のアリス』のマジックマッシュルームにヒントを得て考案したそうです」
あいかわらずのメタ的な回答ではあるが開発秘話だと思えば興味深い。ここで注目すべきは「制作中にバグが起きた」と「不思議の国のアリスを参考にした」という2つの説である。仮に課長説と名付けておこう。あえて「説」としたのは2つとも公式見解としてあまりにも認知されてないからだ。順番に説明していく。
まず一つ目の証言についてマリオが当初、スーパーの状態で開発されていたことは宮本茂も「社長が訊く」で述べている。
宮本
まずはじめに、大きなキャラクター、マリオ2人分のキャラクターを操作したらどんな手ごたえがあるかという実験をはじめたんですけど、その手ごたえがとてもよかったので、開発を進めたんです。でも、途中でマリオが大きくなるほうが手ごたえが大きいということがわかりましたので小さいマリオもつくることにしました。出典:社長が訊く『New スーパーマリオブラザーズ Wii』
課長説を信じるならば、宮本のいう「途中で大きくなるほうが手ごたえが大きい」ことに気づいたきっかけがバグだったかもしれない。ただし課長説以外にそのような証言は見当たらないため真説と断定することができないのが現状だ。
次に二つ目の証言について宮本は以下のように話す。
ずいぶん前に、インタビューを受けたとき「不思議の国のアリス」のことを話したんです。そしたら誤解されて伝わって、「不思議の国のアリスに影響を受けた」みたいに言われたりもしたことがあるんですけど、そうじゃないんです。昔から、魔法の国と言えばやっぱりキノコでしょう。そこで、スーパーマリオになるためにキノコを使うことに決めました。出典:社長が訊く『New スーパーマリオブラザーズ Wii』
キッパリ否定されとるやないかいっ!(笑)
1951年に公開されたディズニー映画『不思議の国のアリス』を見てみると、マッシュルームを食べて体が大きくなるシーンが存在するのは確かなのだが......。
※問題のシーン 作中でこのマッシュルームは片方が大きくなり、もう片方は小さくなると説明されており、マリオに出てくるキノコのように大きくなるだけの存在ではないのだ。加えてアリスはこのマッシュルーム以外にも様々なアイテムで体が伸び縮みしてることが判明。それでもこの映画のタイトルが宮本の口から出てきたということは、少なくとも「マッシュルームを食べて体が大きくなるシーン」があることは知っていたのだろう。
しかし本人が「影響を受けてない」と言ってる以上、影響は受けていないのだ。
◆マリオはキノコを食べているか?◆ 最後の質問はこちら。
謎4
「キノコ王国はキノコたちが住人です。そのキノコを食べるというのは、いかがなものか?」
回答
「マリオブラザーズでは、ひとつのキノコのかたちを使いまわし、アイテムやキャラクターを生み出しています。それはファミコンの能力が低く、メモリーを食わせないためのアイディアでした。以上のことからキノコやカメが多いのです」
グラフィックを使いまわしているとか、広報の人間が一番言っちゃいかんやつ!(笑)
古くからマリオは世間から「キノコを食べてパワーアップしている」と誤解されてきたが、実は説明書には「パワーを与えられている」と表現されており必ずしも食べているわけではない。こんなことはもはやファンの間では常識となっているのに、任天堂の担当者が知らないわけないのだが......。
出典:ファミコン版説明書より そもそも答えが噛み合ってないではないか。「グラフィックを流用していること」と「キノコを食べていること」はどういう関係があるというのか。だがどうやらこの程度で驚いてはいけなかったようだ。この不登校新聞の記者は、さらに耳を疑うような言葉を浴びせられ半ばむりやり質問をシャットアウトさせられることになるのだから。
こちら。
そのほか、細かいところをつっつきながら興味深い話を聞いていると「任天堂は『こんなことができたらおもしろい』というアイディアを考えて、それをゲームに組みこむわけなので、キャラクター設定や物語などは、最後に無理やり考えているんです。だから、細かいところはつっこまないでください」と言われ、質問しづらくなってしまった。
もはや開き直ってますやん......。
ひとつだけ言わせてもらうと、こっちはそんなこと承知の上なんだ。むりやり考えた設定だろうが、とってつけたような物語だろうが、大真面目に考察して勝手に解釈して楽しんでるんだよ。ゲームってさ、いや映画も小説も漫画もそうだと思うんだけど、娯楽コンテンツってそうやって楽しむもんじゃんか。むしろそういう作り手が意識してない部分、つまり無意識のうちに影響を受けてきたものが物語のディテールとして表出された部分にこそ真実は宿ってるんじゃないかな。名作と呼ばれるレトロゲームからそういう部分を見つけるのが面白いんじゃんか。私はそれが趣味なんだ。そういう趣味なんだよ!
思わず熱くなってしまったが、まだまだ終わりではなかったのだ。しまいにはこの課長「人生何が起こるかわからない、出会いは大切だ」と意味不明な説教までしてきたのだという。
いや、逆に好きになって来たわ。誰なんだ。
あんた誰なんだよ。(笑)
◆「広報課の課長さん」とは誰なのか?◆ ということで調査してみた。いきなり結論から言ってしまえば残念ながら個人を特定することはできなかったのだが、その代わり興味深いことがわかったので最後にそれを発表して本稿を〆たいと思う。まず私は任天堂の広報課について調べるため
「任天堂コンプリートガイド」の著者・山崎功氏から2004年の任天堂組織図を見せてもらったのだった。
すると......。
出典:任天堂会社案内2005 山崎 功@Yamazaki_Isao そこに載っていたのは広報課ではなく、広報
室ではないか!
実は不登校新聞の記事を読んだときから広報課という響きに違和感を憶えていたのだ。それもそのはず。任天堂の広報を担当する部署は強面
(こわもて)として知られた今西紘史の時代からずっと広報
室と呼ばれており、私の知る限り公式アナウンスが広報課と呼称したことは一度たりともないのである。
出典:ジーエム1999年05号より さらに調査を進めると、任天堂オンラインマガジン(N.O.M)2001年4月号に掲載されていた
スタッフ紹介記事に登場した方は広報室企画部と名乗っており、雑誌『64ドリーム』任天堂Q&Aコーナーで活躍した本郷好尾の肩書も任天堂広報室企画部だった。山内溥三代目社長の長男克仁も任天堂在籍時は広報室企画部の部長だったことがある。その他、公式やそれに近い媒体に出演している広報担当者はいずれも
広報室企画部を名乗っていた。「広報部」とだけ表記するメディアも多いのだがおそらくそれは勝手に略されてしまっただけで、公式アナウンスはあくまでも「広報室企画部」なのだ。
はたして広報課の課長さんとは、いったい誰だったのだろうか!?
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