◆マリオ人気は世界一◆ 筆者はその昔、なんとなく「米国でスーパーマリオがミッキーマウスより人気になった」というニュースを小耳にはさんだことがあったのだ。我々日本人からしたらそれは別にどってことない話題かもしれないが、きっとアメリカ人からしたらさぞかし衝撃的だったに違いない。なんてったってアメリカの象徴ともいえる愛くるしいネズミのキャラクターが、日本生まれの小太りヒゲ親父(しかもイタリア人)に人気で負けたというのだから......。
Gigazineの2007年11月16日付「世界中で有名なマリオの意外に知られていないトリビア」(
※)という記事によるとマリオはゲームキャラクターの歴史のなかでは一番有名で、なんならゲームの枠を越えて世界中の全キャラクターのなかでも一番人気かもしれないとのことだった。
その理由について以下のように説明されている。
1990年のMarketing Evaluationsによる調査によるとミッキーマウスよりも人気があった。
これこれ。筆者が聞いたのはこの話だよ。さっそくMarketing Evaluationsについて調べてみるとどうやらこれは
Qスコア(Qレーティングともいう)という主にアメリカで使用されている企業、ブランド、有名人、キャラクター製品などの訴求力や好感度を算出している会社の名前であることがわかった。しかし転載元の
記事に出典表記はなくこれ以上この情報は追えなかったのだ。
(出典明記のない訳のわからん海外サイトをSOURCEにできちゃうサイトがニュースサイトを名乗ってはいけない) じゃあQスコアの公式サイトから過去のデータを閲覧できないものか、と試みたがうまくいかず、仕方ないので筆者は別のSOURCEを探す旅に出たのだった。

というわけで今回は「スーパーマリオの人気がミッキーマウスを抜いた話」をめぐるミステリーである。
◆出所はまたもやあの本!?◆ 情報の海をただよっていると、筆者はTHE BALTIMORE SUNというサイトの記事を発見した。日付はなんと1993年5月18日。たしか世界初のウェブサイトが誕生したのが1991年だったから有り得なくもないが、それにしても古い記事だ。もしかしてバックナンバーをWEB化する際にあとから日付だけ合わせた可能性もある。
ともかく1993年5月18日の記事がこちら。
<原文>
As author David Sheff notes, "In 1990, according to 'Q' ratings, Super Mario became more popular than Mickey Mouse with American kids."
<翻訳文>
作家のデビッド・シェフが言うように、「1990年、『Q』レーティングによると、スーパーマリオはアメリカの子供たちにミッキーマウスより人気が出た」。
作家のデビッド・シェフ?
なんだか懐かしい名前だなと思ったら何のことはない。つい先日、任天堂がラブホテルを経営していたという都市伝説の出所だったことが判明した(
※)、あの
「ゲームーオーバー」の著者だったのである。

Hey David, you again!
◆とあるジャーナリストの論文◆ さっそく筆者は銀色の分厚いやつを引き出しから取り出して該当ページを確認してみた。本書によると
Scott Rosenbergというジャーナリストが1991年にサンフランシスコの新聞社が発行する雑誌「Image」9月号に「呪われたマリオ 実存的ヒーローとしての鉛管工」という論文を発表。以下のように述べたという。

政治家や映画スターその他の公人の人気度を示す"Q"レーティング(1991年の調査)によると、任天堂のマスコット、スーパーマリオは、アメリカの子供たちの間で、ミッキーマウスよりも人気がある。出典:ゲームオーバー(1993年7月26日発行)
おかしいな。GigazineをはじめWEB上の記事では1990年の調査となっていたが、ゲームオーバーでは1991年となっているではないか。この1年の違いは何なのだろう!?
ということで原文をあたってみたところ意外な事実が発覚した......。

<日本語訳>
しかし、ひとつだけ確かなことがあった。任天堂が集団意識に入り込むのに成功したのだ。政治家や映画スターなど公人の人気を管理された調査に基づいて示す「Q」レーティングによると、1990年、アメリカの子供たちの間では、任天堂のマスコット、スーパーマリオがミッキーマウスよりも認知度が高いことがわかった。このニュースはどれほど大きな意味をもっていたのだろうか。ウォルト・ディズニーおじさんとミッキーマウスは、ウォルトとミッキーほどアメリカ的なものはない、というほどアメリカ的な存在だった。そのミッキーよりもマリオの方が人気があるというのは、ある人にとっては、日本軍の侵略の次の段階を示す茶番劇であった。日本はすでにアメリカの財布を手に入れていた。日本はすでにアメリカの財布を手に入れ、次は子供たちの心を手に入れた。
原文では1990年になっていたのだ。どうやら原文と翻訳文のあいだで混乱があるようだ。
それにしても「日本軍の侵略の次の段階を示す茶番劇」とは言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい辛辣な表現である。1980年代のアメリカに吹きすさんだジャパンバッシングの嵐は90年代になると弱くはなっていたものの、根強い警戒心のようなものが伺える文章だ。Sheff節炸裂といったところか......。
◆意外な結末......。◆ しかしそんなことよりも旅を続けよう。こうなったら筆者は渡米してサンフランシスコのアンティーク街をめぐり「Image」誌を発掘するしかないのかもしれない。数多ある古雑誌から該当記事を発掘する作業はさながら砂漠で落としたコンタクトレンズを探すようなものであろう......。
そんな妄想にうつつを抜かしつつ調査を続けていたら古雑誌ではないものの見るからに古めかしい化石みたいなサイトを見つけたのだ。それは「ゲームオーバー」で紹介されていたScott Rosenberg自身のホームページであった。幸運にもそこに彼が当時「Image」誌へ寄稿した論文と思われる、まったく同じタイトルのコラムが掲載されていたのだ。
そこから一部を引用。

<原文>
Mario is the first megastar of high-tech entertainment -- the first mass-market pop-culture hero to emerge from a computer-program design rather than a writer's imagination or a Hollywood lot. Nintendo's publicists say his "Q rating" (a measure of celebrity popularity) is now higher than that of Mickey Mouse. Even if that's a little hard to believe, the man, clearly, gets around.
<翻訳>
マリオは、作家の想像やハリウッドのロットではなく、コンピュータ・プログラムのデザインから生まれた、初の大衆向けポップカルチャー・ヒーローであり、ハイテク・エンターテインメントのメガスターであると言える。任天堂の広報によれば、彼の「Qレーティング」(有名人の人気を測る尺度)は今やミッキーマウスより高い。ちょっと信じがたい話だが、この男は明らかに、周囲を巻き込んでいる。
たしかに、そこにはマリオのQスコアがミッキーマウスより高かったことについて言及されていたのだった。しかしその一文が不穏な単語によってはじまっていることを見逃すわけにはいかなかったのだ。そう「Nintendo's publicists say」という一文である......。
任天堂広報が出所だったのかいッ!!!
これは面白いことになってきたぞ。出典をたどって、たどって、たどった先がまさか
任天堂自身だったとは。まさに情報のウロボロスといったところだ。ミッキーのしっぽにタヌキマリオが噛みついて、タヌキマリオのしっぽにミッキーが嚙みついている姿が目に浮かぶようである。(誰かイラストを描いてください)。ちなみにここでいう「任天堂」とは同社の米国支店であるニンテンドー・オブ・アメリカ即ちNOAのことであろう。しかしまだ確定はできないのだ。なぜならこのWEBコラムが「Image」誌へ寄稿された文章とまったく同じである保証はどこにもないのだから。
ということで、さらに執念深く調査をつづけた筆者はついに見つけたのだった。なんとInternet Archiveにて当時の「Image」誌のスキャンを掘り当ててしまったのである。
これだ!

Nintendo's publicists say his "Q rating" (a measure of celebrity popularity) is higher than that of Mickey Mouse.
まるで温泉を掘り当てた気分だ。
そしてやはりそこにも「Nintendo's publicists say」とあった。SOURCEは任天堂広報で間違いないようだ。さらに右下に注目すると「Sunday,September 1,1991★IMAGE★23」と記載されているのを確認したのだ。

結局、1991年かいッ!!!
もう何が何だか訳が分からない。今回の調査結果をそのまま受け取るなら、Scott Rosenberg自身が執筆した文章以外でQスコアの実施年を1991年と記載したのは日本語版「ゲームオーバー」のみということになるだろう。それは
「原文のほうが絶対に正しい」という神話が崩れ去った瞬間でもあったのだ。今からでも遅くないから、見なかったことにしてくれないだろうか。笑。
◆マリオの父が自ら喧伝!?◆ さて、こうなったらあとはそのNOAの広報がいつ、どこで、どのようにそれを述べたのかということを突き止めればいいだけ......。なのだが、結論から先に言ってしまうと、当時の公式雑誌である「NINTENDO POWER」など紙媒体を何冊かペラペラと確認してみた限りでは、残念ながらそのようなアナウンスは見つからなかったということだ。
ただし、その代わりといってはなんだが、日本のゲームサイト4Gamerの意外な記事で以下のような一文を掘り起こすことができたので勘弁してほしい。
そうそう,かつてマリオが,アメリカのキャラクター人気調査でミッキーマウスを抜いたことがあるんですね。当時は,マリオってどちらかというとイロモノみたいなところがあって,それを面白がってくれたんだと思うんですけど,「ミッキーマウスを抜いてどう思うか?」みたいな取材を受けたことがあるんです。
ついつい,「いやぁ嬉しいです」みたいに言ってしまいそうになったんですけど……あの頃のミッキーマウスは40歳とかそれぐらいで,マリオはまだ3歳とか4歳とか,それぐらいだったんです。
何を隠そう、これはマリオの父・宮本茂の言葉である。ちなみに彼は2005年公開の
N.O.Mのインタビュー記事でも同じようなことを言っていた。
宮本がこの話をNOAの広報から聞いたのかどうかは定かではないが、クリエイトの才能とおなじくらい莫大な広報機能を併せもつ彼がまったく信憑性のないことをペラペラと何度も喧伝するとは考えにくい。したがって、マリオの人気がミッキーマウスを抜いたという米国の話は
任天堂のなかでは揺るぎない事実となっていると見て間違いないだろう。それどころかScott Rosenbergが述べていたNOAの広報とは案外「宮本」本人だったかもしれない......。
思い返せば任天堂がの主力製品がまだトランプだった時代、同社はミッキーマウスの力を借りることで大成功を収めたことがあった。今ではそんなミッキーを見下ろすポジションへ躍り出ることができたのだ。トランプ時代にはまだ社員ではなかったかもしれないが宮本の胸にも感慨深いものがあったに違いない。いずれにせよ、今回の調査では話の出所がNOAの広報だったことがわかっただけでも御の字だ。そして翻訳本の原文が必ずしも正解でないことも知った。(こちらはあまり知りたくなかったが)。おまけにマリオの父もことあるごとに息子がミッキーを越えたことを自負するくらいだから、これから各メディアがこの話を取り上げるとき「SOURCEは宮本」で問題ないということもわかったところで、今回は調査を終えようじゃないか。(了)
|  | そして両者をポケモンが抜き去っていくというね...... |
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