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「初代ピーチ姫」考 ~なぜ彼女はブスなのか?~


 ファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』に登場するドット絵のピーチ姫は、しばしばその容姿について「ブス」だの「しゃくれ」だのと揶揄されてきた。中には現在のピーチ姫を指して「ファミコン時代のピーチ姫がよくもこんなに美人になったもんだ」と盛大な皮肉をいうひともいるのだが、いやいやちょっと待ってくれよ、と......。

 そうじゃないんだよ。

pi-ti12.jpg

 ピーチ姫は最初から左のようなイメージをもって創造されたキャラクターなのであって、それがゲーム画面ではたまたま右のように表出されたに過ぎないのだ。矢印が逆なのである。なぜなら任天堂はあえてドット絵を選んだわけでもないし、あえてブサイクに描いたわけでもないのだから。ファミコンの性能や技術的な制限のなかで表現した結果がこの姿だったのだ。(なんなら左もブスだというひとは、すまないがここで帰ってくれ)

 じゃあ、ファミコンの性能がショボかったのかというとそうでもない。むしろファミコンは当時の家庭用ゲーム機のなかでは最高技術のカタマリだったといっても過言ではないだろう。かつてファミコン開発を任された上村雅之が山内社長(当時)から「3年間は競争相手が出ないような機械をつくれ」と言われたエピソードはあまりにも有名である。(※出典:社長が訊く) 

 とはいえ、当時から一部ファミコン雑誌ではこの矢印が無視され、あたかも「ピーチ姫=ブス」というのが一般認識であるかのような表現が見られたのも事実なのだ。

pi-ti41.jpg
資料提供:オヨ

 たとえばこちらはマル勝ファミコン1986年7月11日発行の第4号のとじ込み付録の表紙なのだが、そこには「ピーチ姫が美人になったぞ!!」というデリカシーのない文言が......。

 これは『2』になってピーチ姫のドット絵が新しくなったことへの言及なのだが、さらにこんな具体的な文章までつづられていたのである。

pi-ti42.jpg
近ごろ美人になったと評判のピーチ姫。やたらと顔のでかかった初代ピーチ姫とは段違いの美しさ。でもマリオくんには前のピーチ姫のほうが似合ってたかな...。
資料提供:オヨ

 何気にマリオのこともdisってるよね。これ。笑。

 さらに1986年8月22日発行「ファミコントップ第4弾」に描かれた4コマ漫画では、より露骨なブスいじりが見られた。こちら。

pi-ti13.jpg
※1986年8月22日発行「ファミコントップ第4弾」よりブスいじりされるピーチ姫(一応伏字にする配慮はあったらしい)

 色々ひどい。笑。

 まさか初代ピーチ姫の語尾がジェロニモと同じだったとは。いやいや、そんなわけねえだろ。アパッチの雄叫び喰らわすぞ。笑。彼女は決してブスではない。少なくともブスという設定ではない。このような仕上がりになった背景にはそうなるだけの事情と意図があるに違いないのだ。

 というわけで今回は『スーパーマリオブラザーズ』時代の初代ピーチ姫を徹底考察。謎のベールに包まれた誕生の秘密を紐解いていこう。





◆囚われの姫君◆

 ギリシア神話のアンドロメダや日本神話のクシナダヒメのように、世界各国に伝わる神話には何者かに囚(とら)われてしまった美しい女性を勇者が助け出すという話が多く見られる。これは「囚らわれの姫君」(Damsel in distress)と呼ばれる物語要素の類型であり、現在でも古今東西あらゆる映画、小説、漫画、アニメ、ゲームの物語に頻出する設定である。

 そのなかでも我らがピーチ姫は世界トップクラスの存在といっても過言ではあるまい。彼女はシリーズを通して30回以上さらわれているぶっちぎりの囚らわれの姫君なのだから。

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 ※ファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』説明書より 

 そもそも、初代スーパーマリオブラザーズでピーチ姫がクッパにさらわれてしまったのは、彼女が唯一キノコ王国を元へ戻せる力をもっていたからで、ツッコミどころは多いものの一応「ちゃんとした理由」があったのだ。しかし『2』は初代のパラレルワールドなので考慮しないとして『3』以降からそれが一気に形骸化していく。

 『3』での彼女は途中からさらわれているのだが、その際、クッパはご丁寧にも「お前がうろうろしている間にピーチは預かったぜ。悔しかったら俺様の城まで来てみやがれ!」という主旨の手紙をマリオへ送っているのだ。それはまるでマリオをおびき寄せるための単なる口実としてピーチ姫を拉致(らち)しているかのような振る舞いであった。

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 ※SFC版『スーパーマリオワールド』説明書より

 さらに、SFC版『スーパーマリオワールド』では、たまたまマリオたちがバカンスで訪れていた恐竜ランドで、なぜかピーチ姫が姿を消してしまい「きっとピーチ姫はクッパの手下にさらわれたのでしょう」という淡白な説明のみ。マリオたちは大して事情が呑み込めないままピーチ姫救出へ向かうハメになっている。驚くべきことに、そこにはもはや「理由」も「目的」も書かれていないのだった。

 いや、これは書きたくても書けなかったと見るべきかもしれない。

 なぜなら、ここまでピーチ姫の拉致が定番のパターンになってくると、そこに理由や目的があることがかえってのちのちの弊害になってしまうからだ。実際問題「キノコ王国の住民がクッパによって岩やレンガに変えられた」とか「ピーチ姫だけが元に戻せる」とかいうムリヤリひねり出したような設定はことごとく黒歴史にされているではないか!?


 ※CD-i版『HOTEL MARIO』ムービーより毎回雑にさらわれるピーチ姫(1994年4月5日発売)

 1994年にリリースされたCD-i版『HOTEL MARIO』内ムービーでは「これぞ形式美」と言わんばかりに、ただただ雑にさらわれるピーチ姫の姿がこれでもかと描かれているのだった。ここまでくると伝統芸能といっていいレベル。笑。





◆姫のご褒美化◆

 とくに理由が明示されることなくさらわれる姫は、何もピーチだけの専売特許ではない。

 ご存知の通り『魔界村』,『影の伝説』,『チャレンジャー』,『忍者じゃじゃ丸くん』,『カラテカ』など、ファミコンには囚われの姫君の類型作品が非常に多く、恋人などを含めたら、それこそ『ドンキーコング』,『ドルアーガの塔』,『高橋名人の冒険島』なども入ってくるだろう。しかし不思議なことにそれらの物語において「彼女たちがさらわれる理由」がゲーム内あるいは説明書等で語られるケースなど、ほぼ見られないのだ。



 前段で述べたとおり、そこには「かえって弊害になってしまうから」という事情があるのだが、あえて俗っぽい表現をすれば、ファミコン時代のビデオゲームにとって囚われの姫君はゲームクリアのご褒美以外の何物でもなかったからと言ってしまおう。言い切ってしまおう。

 そしてこれが一番重要な要素なのだが、ご褒美ということは当然「美女であること」が大前提だったというわけである。そこは暗黙の了解なのだ。



 プレイヤーが勝手に頭のなかで自分の理想の女性を想像してくれるのだから、わざわざゲームが多くを語る必要はない。架空のキャラクターに人権を考慮する必要もない。悪役の行動原理など知ったことか。そんなことよりお姫様を助け出そう。それが君たちの使命なのだと言わんばかりに、ファミコン様は否応なくファミっ子たちへそれを迫って来たし、我々も今では信じられないくらい無抵抗にすんなりそれを受け入れて来た。

 たとえばこちらは1987年10月9日に発売されたファミコンディスクシステム版『トップルジップ』の誌面広告である。

toppurujippu0.jpg

 このゲームはレースに優勝したらリップル姫と結婚できるという、囚われの姫君よりも露骨に「姫のご褒美化」に無頓着な設定なのだが、肝心のお姫様の姿は誌面広告の右隅に描かれているこのワンカットのみ。信じられないことにパッケージや説明書には名前しか出てこないのだ。つまり偶然この広告を目にしたプレイヤーでもない限り、我々は名前しかわからないお姫様のために命がけのレースをしていたことになるのである。

 まあ、そんなこと言いだしたらこのお姫様なんて耄碌(もうろく)した老王の気まぐれなのか知らないが、レースに勝った男へ問答無用で嫁に出されてしまうのだからたまったもんじゃない。むしろ、そんな境遇であるにもかかわらず「がんばってネ」と気丈にも笑顔すら見せるなんて、封建社会の鑑(かがみ)ではないか......。

 ファミコン版『キャッスルエクセレント』の場合はさらに顕著だ。

kyassuruekuserento0.jpg

 命を懸けて助け出さなければならないマルガリータ姫の姿はパッケージを見ても、説明書を見ても、広告を見ても、どこにも描かれてはいない。せいぜいゲーム画面のなかでちんちくりんなドット絵が出て来るだけなのである。MSX版ではしっかりとパッケージに描かれているのにファミコン版になるとファミっ子たちのなかで「囚われの姫君」という概念の内面化が極まっていたのか、キャラクターイメージすら不要になってしまったのだった。我々はそんなことも疑問に思わず嬉々としてゲームをプレイしていたではないか!?

 もはや顔も名前も不要。ファミっ子たちは「姫様を助けに行く」という目的さえあれば勇者となり、勝手に美しい女性の姿を想像し、命がけの冒険をすることができたのだ。そんな我々を突き動かしていたのはDNAに刻まれた神話の記憶に他ならない。世界中の地域・民族が太古の昔より語り継いできた神話の記憶に他ならない。それほどまでに「囚われの姫君」の類型は、万国共通で説明不要のモチーフなのである。





◆公式イメージの誕生◆

 勿論、そのような傾向は『スーパーマリオブラザーズ』も例外ではなかった。一般的なピーチ姫のイメージといえば「金髪碧眼の美女」であろう。しかしそのような公式イメージが完成したのは、なんと本作が発売されたあとだったのである。

aripiti01.jpg
 ※出典:レア 1986 ファミコンシューズ マリオ 21cm デッドストック

 当時、キャラクターグッズを担当した漫画家・宮尾岳によると『スーパーマリオブラザーズ』が発売された1985年9月13日時点で公式イメージは存在せず、唯一の見本となったのはゲーム内のドット絵とパッケージのイラストだけだったという。(参照)

 したがって彼が子供用シューズのために描いたピーチ姫は金髪ストレートの幼い顔立ちをしており現在のイメージとはかなり違うものになっていたのだ。※どういうわけかこれが「princess peach early design」として海外で大うけしている。

maripakke-jisu-pa-mariobros0.jpg

 その辺りの話については任天堂公式サイト「社長が訊く『ニンテンドーDSi』編」に詳しく語られている。記事によるとファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』のパッケージイラストは宮本自身が原画を描いたものだったらしい。言うまでもないと思うが、そこでクッパに抱えられながら助けを呼んでいる金髪の女性がピーチ姫である。

 スーパーマリオの公式イメージを依頼されたアニメーターの小田部羊一は、この絵を参考にて公式イメージを描き上げたというのだ。以下引用。

小田部
だから、マリオの絵を描こうにも手がかりはそのパッケージイラスト1枚だけ。それで、宮本さんが原作者だと言うから、「こんな顔?」「こんなヤツ?」とかしつこく聞きながら描いたんだよね。

(中略)

宮本
ピーチなんか見違えるようになりましたよね。僕はいろいろ好きなことを言うわけですよ。目はちょっとキツめのほうがいいとか。

小田部
あと、聞かん気のタイプだとか。

image_peach_illust.gif

宮本
聞かん気だけど、ちょっとかわいいほうがいいとか(笑)。

 こうして現在にもつながるピーチ姫の公式イメージは誕生したのだった。

 その後、1986年6月3日にディスクシステム用ソフトとして発売された続編『スーパーマリオブラザーズ2』のチラシにおいて、この公式イメージは正式にデビューしている。

mario2.jpg
 ※『スーパーマリオブラザーズ2』チラシより

 しかしこの記事で判明したのはあくまでも公式イメージ誕生の経緯であってドット絵ピーチ姫のルーツについては何も語られていなかったのだ。通常の場合ファミコンソフトのパッケージはゲームが完成してから制作されることが多いのだが、『スーパーマリオブラザーズ』の場合はパッケージも宮本が担当したということなので、そうなってくるとドット絵ピーチ姫とパケ絵ピーチ姫には共通の原案となるコンセプトアートが存在していたはずなのだ。

 宮本はそれを元にドット絵ピーチ姫を監修し、パケ絵ピーチ姫の原画を描きあげたことが推測されるのである。はたしてコンセプトアートのピーチ姫はどんな姿をしていたのだろうか?




◆コンセプトアートの再現◆

 その答えは意外なところからもたらされた。朝日新聞「大事にしたのは「感覚」 スーパーマリオ、開発者に聞く」という2015年9月12日付けの記事に掲載された写真に、さりげなく、ピーチ姫の原案と見られる手書きの資料が見切れていたことが判明したのである。

1985-Super-Mario-Bros-Art-04_waifu2x_photo_noise2_scale_tta_1.png
出典:Gallery:Super Mario Bros. - Super Mario Wiki, the Mario encyclopedia

 写真の上のあたり......。
 これは間違いなくピーチ姫だ!

 しかも2パターンある。ということで、さっそくこの画像を参考にしてドット絵を再現してみると、どことなくエキゾチックなピーチ姫が出現したのである。

ドット元 原案1

 正面を向いている原案Bは『スーパーマリオブラザーズ2』のピーチ姫を彷彿とさせるデザインだが、ここでは一旦スルーするとして問題は原案Aだ。エジプトの壁画のようなこの横向きデザインだと、初代ピーチ姫の最大の論点であるあご周りがスッキリしているではないか!

 それだけではない。初代ピーチ姫のもうひとつの論点である「妙に盛り上がった前髪」もスッキリしているのだ。いや、スッキリどころか一本も描かれていない。しかし筆者はこの原案をドット絵で再現する作業をしているときに“ある問題点”に気がついたのだった。

 それはファミコンの描画性能の問題である。ファミコンのキャラクターは原則として全52色中の4色しか使用できない。さらにその内の1色は必ず透明なので実質3色という制約のなかで描かれている。完成版ピーチ姫の場合は「目」に使用されている黒が実は透明なのだ。つまり、完成版ピーチ姫は背景が黒であるクッパ城に固定配置することを前提としてつくられているのである。しかし原案ピーチ姫の配色を見ると、白、茶、赤、オレンジ、そして透明(黒)と5色も使ってしまっているので、実際には描画が不可能なデザインだったのだ。

ドット元 原案3
※実際の色は微妙に違うのだが、ここではわかりやすく白、赤、オレンジとした。

 それを防ぐためには1色削らなければならない。とりあえず余計な茶色を削って髪を赤にしてみよう。髪が赤ならドレスは白にするべきだろう。ドレスが白一色だと全体的にのっぺりしてしまうので腕を出す必要がある......。という風に必然的な変更を繰り返していたら、あら不思議。原案ピーチ姫はだんだんと完成版ピーチ姫へ近づいていったのである。





◆ドット絵ピーチ姫の髪が赤い理由◆

 ここで、そもそもピーチ姫は金髪碧眼の美女のはずなのに「なんでドット絵のほうは髪が赤いんだ?」と疑問が湧いてくるかもしれない。その答えも「ファミコンの描画性能」に関係するのだ。ファミコンのキャラクターは4色(実質3色)で描かれているといっても、無限に配色できるわけではなかった。そこにはパレットという概念があり、キャラクターの配色は4つのパレットの中からひとつを指定する決まりとなっているのである。(参照)

 したがって、本作のピーチ姫の場合はおそらく相応のパレットがなかったため、ファイアマリオやパワーアップキノコと同じ「赤、白、オレンジ、透明(黒)」のパレットを使って描いたのであろう。その結果として赤髪になったというわけである。

pi-ti05.jpg

 両者をよくよく見比べてみると、その最大の特徴である「盛り上がった前髪」や「突き出たあご」が、むしろよく似ていることがわかるだろう。正直言ってピーチ姫はこれでも“似ているほう”なのだ。

 たとえば『マドゥーラの翼』の主人公ルシアは、かつて筆者の小学生時代の友人Yが人生で初めてジャケ買いしたという伝説の美少女なのだが、実際にゲーム画面に出てくるドット絵では以下のような姿であった。

piti82.jpg

 まったく事情を知らない人間に両者が同一キャラクターであることを伝えたら、きっと、カレンダーをめくって今日が4月1日でないことを何度も確認してくるに違いない。

 極めつきは『ワルキューレの冒険』の主人公ワルキューレだ。彼女はパッケージのイメージイラストでは金髪三編みの凛々しい甲冑姿であるが、ゲーム画面に出てきたドット絵は黒髪のずんぐりむっくり(失礼)だったのだ。

piti81.jpg

 バンダイナムコスタジオ公式Youtubeチャンネル()によるとその理由は「プレイヤーの設定によるキャラの色変化など仕様が優先された」とのことだが、一方、キャラクターデザインを担当した冨士宏が「ワルキューレの伝説外伝 ローザの冒険ファンブック」で語ったところによるとすでに完成していたドット絵を見てからイラストを描き起こしたというのが真相らしい。

 なぜ冨士が、わざわざまったく違う容姿のイメージキャラクターを描いたかのかと言えば「その時代はそれが当たり前だったから」としか言いようがない。前述のとおり、ゲームのキャラクターにはちゃんとした公式イメージが存在しないことのほうが多く、キャラクターの容姿などは「各々のプレイヤーの想像」に任されるところが大きかった。したがって彼がワルキューレに対して金髪三編みの美少女を想像したとしても何ら不思議な話ではないのだ。

 当時はメーカーも、任天堂も、問屋関係者も、誰一人として「キャラクターイメージと実際のドット絵の乖離(かいり)」を問題視していなかった。本ソフトが商品として流通していたことが何よりの証拠であろう。



 なお、我々ファミコン世代はこのへんの事情に慣らされすぎて感覚がマヒしているせいのか、ドット絵でも十分美少女に見えてしまっているので気を付けろ!笑。




◆「前髪」と「あご」の考察◆

 さて、前段で述べた通り初期型ピーチ姫には「盛り上がった前髪」や「突き出たあご」という2つの特徴が見られるのであるが、実は、原案ピーチ姫のドット絵を再現しているとき、配色の他にもうひとつ気になったことがあったのだ。それはこのぺっちゃんこな頭である。

piti73.jpg

 これを解決するのが前髪の存在なのだ。そもそもピーチ姫が頭に乗せているのはティアラではなく王冠なのでゴールドに近いオレンジ(肌色)にして、その際、境目がわからなくなてしまうため前髪を付け足したのだ。そうすれば王冠をゴールドに見せつつ、頭にも丸みを出すこともできて一石二鳥である。

 しかし、だからといってこの前髪は、やや盛り過ぎなのではないか......?

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 なんて疑問にも「時代性」が答えてくれる。本作が制作された1985年頃は世界的にボリューミーな髪型が流行っていた。代表的な人物にダイアナ妃が挙げられる。彼女は言わずと知れたチャールズ皇太子の元正妻であり当時、世界中の女性の「憧れの存在」であった。特徴的なのはその毛量で、どの写真を見ても羨ましいくらい盛々なのだ。(参照)

 厳密なことを言えばダイアナ妃は「姫」ではなかったものの、高貴な人物であることには変わりない。ピーチ姫の参考モデルになった可能性は十分考えられるだろう。

 一方、初代ピーチ姫の最大の論点である「突き出たあご」の問題であるが、これについては美術史に造詣(ぞうけい)の深い美大出身の元・美術教師である知人Aの力を借りることにした。彼は筆者の「初期型ピーチ姫のドット絵について美術的な見解を聞きたいんだが」という突然の申し出に不審がることなく快く応えてくれたのだった。

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 まずこの口の向きについては日本のアニメーションでよくみられる同存化表現。つまりキュビズムの手法が見られるとのことである。

 キュビズムとは20世紀初頭にピカソやブラックらが起こした抽象画の概念であり、一般的には「様々な角度から見た人物/物体の形をひとつの画面におさめる手法」と解釈される。知人Aは角度ではなく時間(コマ)と言っていたのが印象的だ。それはたとえば映画の動きのあるワンシーンを一枚の絵画におさめるような感覚である。様々な角度になるのは時間(コマ)が進んでいるからというわけなのだ。彼に言わせるとキュビズムとは人間存在のすべてを描くことであり、1コマ1コマで何を表現したいのかが重要になってくるらしい。

 したがって、このピーチ姫のように少ないドットの組み合わせで描く場合は全体像よりも「ひとつひとつのドットで何を表現したいのか」が重視されている可能性が高く、その最たる部分が口なのだという。

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 具体的にいうと、ドット絵ピーチ姫の口の形は「マリオに助けられた喜び」を表現しているのではないかとのことだった。たしかに、突き出したあごばかり注目されがちな彼女であるが、それは「口が大きいから」に他ならない。彼女はあごが突き出ているのではなく大きく口を開けて喜んでいたのだ。不思議なもんで口がスマイルの形になっていることによって、目まで笑っているように見えてくるではないか......。

 原案ピーチ姫たちと比べるとその差は一目瞭然だ。彼女たちが一概に「無表情」に見えるのに対して完成版ピーチ姫の表情の豊かさよ!




◆様々なアートワーク◆

 しかしたとえそんな思いが込められていたとしても伝わらなければ意味がないのだ。製作者側にしても何か思うところがあったのだろう。結局、初代ピーチ姫のビジュアルは『2』でまったく別物に差し替えられてしまった。それが冒頭で紹介した「ピーチ姫が美人になったぞ!!」という記事につながるのだ。そんなわけで、ピーチ姫には初代、二代目、公式イメージ(三代目)と3種類のビジュアルが存在するのである。

 最後に、それぞれの特徴をまとめつつ当時の代表的なアートワークを紹介しながら今回の論考を終えようと思う。

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 ちなみに↑の公式イメージピーチ姫のドット絵は筆者制作によるもの。


<初代>
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 カイト(アマダ/作者不明)

 まずは、よく駄菓子屋に売られていたスーパーマリオブラザーズカイト(凧)のパッケージに描かれていた初代ピーチ姫モチーフのアートワークである。どことなくしずかちゃんに似ている。っていうか眉毛どこ行った?


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 ファミコン必勝攻略カード(実業之日本社/MARUDA)

 次は1986年12月に発行されたファミコン必勝攻略カード「スーパーマリオブラザーズ2」というマニアックな攻略本の表紙に描かれていた初代ピーチ姫のアートワークである。元気な感じが良い。


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 スーパーマリオくん(小学館/沢田ユキオ) ※画像提供:オヨ

 こちらは『スーパーマリオくん』でお馴染み沢田ユキオの学習幼稚園1986年9月号に出てくるピーチ姫の姿である。初代の特徴であるこんもりした前髪をしているのに金髪というハイブリットな風貌が素晴らしい。学習幼稚園で連載していた彼女が主人公の「ミラクルピーチ」という単体作品もある。


<二代目>
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 スーパーマリオくん(小学館/しごと大介)

 小学二年生1987年5月号に掲載されていたしごと大介版「スーパーマリオくん」の二代目ピーチ姫がモチーフとなったアートワーク。ぱっつん前髪&もこもこウェービーヘアが良い仕事をしている。


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 おてんばピーチ(小学館/じょうさゆり)

 小学三年生1993年5月号に掲載されていたじょうさゆり「おてんばピーチ」のアートワーク。前髪ぱっつんではないものの、その特徴的なウェービーヘアから二代目モチーフと思われる。弾けるような表情が眩しい。


<公式イメージ>
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 ピーチ姫救出大作戦(VAP/作者不明)

 1986年7月20日に公開されたマリオ映画「ピーチ姫救出大作戦」に出てくるアートワーク。公式イメージを忠実に再現している。ちなみに横の優男はハル王子という映画にしか出てこないピーチ姫のフィアンセである。

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 ファミコン大戦略PART4(徳間書店/作者不明)

 1988年12月30日発行『スーパーマリオブラザーズ2』及び『3』の攻略本ファミコン大戦略PART4の表紙に描かれたアートワーク。フリー素材のような健康的な雰囲気が良い感じ。

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 小学一年生(小学館/河井リツ子) ※画像提供:オヨ

 こちらは小学一年生1993年8月号に掲載されたピーチ姫。どことなく小動物のような、かわいらしい雰囲気を醸し出しているが、それもそのはず。描いたのはのちに「とっとこハム太郎」を世に送り出した河井リツ子である。

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 スーパーマリオワールド(講談社/本山一城 )

 最後は1988年12月号よりコミックボンボンで掲載されていた本山一城のスーパーマリオコミカライズシリーズより『スーパーマリオワールド』に登場するピーチ姫のアートワーク。ビジュアル面のみならず性格面でも公式イメージっぽさは皆無であるが、これはこれでアリだ。

 結論。
 ピーチ姫はみんなかわいい!




orotima-ku1.png今回、ぜんぜんまとまらなかった......。

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コメント

私はこれまでピーチ姫は口が描かれているとは思わず、「頬に添えている右手の肘を左手で支えている」弥勒菩薩やウルトラマンの光線的なポーズととらえていました。言われてみると確かに寄生獣のジョーのようなデザインにも見えてきました。

今となっては私の元の見え方の解釈も整合性のある説明ができませんができませんが、顔の下半分がえらく誇張されたデザインは当時の任天堂の(口が省略された)ドット絵のセオリーから見ても解釈が違うのではといった疑問も感じます。

やっぱり本山一城ピーチは今見ても超かわいい

ピーチ姫の原案の写真、よくみるとキノピオの両隣もピーチの原案の様な。。。
右側もゆるキャラっぽくっていいかも?

ただこうやって見ると、採用デザインのみが笑っていて、それだから良かったのかも?
せっかく助けに行っても笑顔一つないのはご褒美としては寂しいですものね。(うわっ。ヒゲオヤジ来てもうた!テンション下がるわー。とか思われていたらショックですものね)

2000年代頃のFlashアニメでメガドラのマイケルがファミコンゲームを侵略するシリーズがあって、ピーチ姫(初代ドット絵)が悪役だったヤツ、別作者のスパルタンXネタのflashで巨大化したり、口からビーム出したりするヤツがありましたね。

ネット以前に初代ドット絵がネタ化されていたとは初耳でした。

291 さん
ドット絵がぜんぜん違う風に見える現象ありますよね。顔の下半分がえらく誇張されたデザインは当時の漫画の流行だった可能性もあります。まあそれが任天堂らしくないといえばそうなんですが。

13132 さん
間違いないっす

13133 さん
キノピオの左側のデザインはたしかにそのように見えますね。見落としていました。腕の方向とか完成型に近いと思います。ただタッチがうすくてよく見えないのが残念。

ありの・K・キズハ さん
そんなFLASHがあったんですねえ。知りませんでした。

基本的に初代スーパーマリオのピーチ姫は城ステージの最奥にしか配置されていないので、スプライトを重ねるテクニック等で見かけ上の色数を増やすことは可能だったかと思われますが、容量や開発期間の都合上そこまで手を入れる余裕が無かったのでしょうね。

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/amaj/costume/index.html
現行のイメージに近いピーチ姫のドット絵は任天堂自身が用意していたりもします。
(オロチさんが独自に描いたものにもだいぶ似ていますね)

タマネギ炒め さん
実際にはどういう風に描かれていたのかはわかりませんが、たぶんそんなところだろうと思います。

13139 さん
そのあたりは参考にさせていただきました!

めちゃくちゃ面白かったです。
こういうのどんどん読みたいです。
楽しみに待ってます。

ありがとうございます!
一生懸命書いた甲斐がありました。

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